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心理テスト [ブログ]

問題 古びた宝の地図を入手! そこを掘ると宝箱が出て来ました。さて、箱の中身は何でしょう?


A 動物の骨


B 砂金


C 水晶


D 絹の糸




やっぱ Cの水晶 でしょ!?特に髑髏の形をした水晶を希望。(笑)


































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涙腺崩壊(笑) [独言]

本当に最近は「独言」ばかりが多いですね…。^^;

昨日は編集会議があったけど、まあ今回は文章が赤字ばっかです。(笑)
大概は出来ているけど、第三者による発表の趣旨を分かりやすく捉えれいるかで引っかかりました。
どうやら発表者の(主観的な)物事を文章に表現することに向いていないみたい…。
この2~3年は記事というよりも研究の方が身に付いてしまって、
客観的には少しできてるけど、
それを主観的に見えているかと言えば、全然見えない。(苦笑)
誰かイベント記事を書いてくれ~っと思っても、
今のところは「講義の研究記事」と「イベント記事」を、新参者が来るまで両立するしかありません。
今週はこの先4カ月分の講義をまとめるつもりです。

ハァ~。久々にへこんだヮ。(だいぶ回復していますが…ね)



『うみねこのく頃に』がついに終わってしまい、
有耶無耶のまま「えぇじゃないか!」的に感じで強制的に幕を下ろしたけど、
けっこう面白かったと思う。
あれは単純に受け止めちゃいけないんだろうな。
論理というものは実に複雑な意味合いを持ち、比喩的に用いるのが常だ。
つまり、古風的なものだ。
古代はタブーをそのまま文章に載せるわけにはいかなかった。
とにかくそういう美意識があり、遠回しにそれとなく抽象的な言葉をはめ、
かつ作者の鬱憤を晴らせるような事を書いてきた。
それを『うみねこ~』は巧みに使い、事実を隠し、推理してみよと敢えて挑発している。
またそれが古代のギリシャ哲学にも当てはまり、
言葉の言葉による言葉のための「論証」だと個人的に感じている。
ソクラテスの「無知の知」とか弁明とか読んでみても、そう思う。



これ最初聴いたときはヤバかった。
もう何度も繰り返し聴いてしまいましたね。
涙腺崩壊したのは、へこんでいたせいです。(笑)
いま(22時40分)は別に平気だけどね。
あのラストはどうリアクションすれば良いか戸惑うけど…。
これを後輩に勧めるべきではなかった、デスネ!(笑)

個人的に小説を書くなら、一度死んだ人は別のところへ用意させる展開にするでしょう。
時間軸はもちろん隔てます。
いわばパラレルワールド・多世界でもって物語を進めていく(横軸ではなく、縦軸に)。
実際に存在すると思うんですよね。
宇宙自体が不思議そのものだし、
世界がそれぞれ分かれていって、似て非なる世界が膨張していってるんじゃないか、
っと量子力学の本を読んで感じた。
今こうしている間にも、別世界の自分が別の選択を選び、
また他の別世界でも自分が全く違った選択をしているのかもしれない。
今日はバイクで行こうか、と思えば、別世界では電車に乗ろうとしていたり、
またはバスとかチャリとかで手段を選ぶ。
これが永遠に続いているのかと言えば、物理的に微妙なところだと思う。(苦笑)
そこが科学の未踏の世界であり、その先は宗教観で考えなければ分からない。

って、普通に次回作のネタを話していますね。(爆)
この先は小説でカケラをはめていこうかと………。
物語であるがゆえに虚構がある程度許される。
されど、虚構の中にも方便、あるいは真実の一部が共有している。
真実無しに嘘は出来ないと思うんですよね。

『うみねこ~礼』が出るかもしれない、その時はちゃんと真実が解明されるのでしょうか?
ちょい心配だ。

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東京国立博物館 178 [東京国立博物館]

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龍の細工が凄すぎです。
一度かぶってみたいですね。(笑)

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おとぎ世界の相関図だと [ブログ]


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竜眼寺暁のおとぎの世界相関図

ジャックからイヤらしい感情って何?(爆)
悪友はグレーテルとは…グレてるから?
桃太郎がクライアントとはね。これも悪友の一部じゃなイカ!
極めつけにカニを指南していたのか!


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最近は… [独言]

今回の冬ドラは邦ドラマではないので見るのやめました。

その代わり世界名作劇場でも見ています。(笑)

『家なき子レミ』とか『小公女セーラ』とか『ロミオの青い空』etc.

とっても悲しい気分になるけど、そこからまた「がんばろう」という気持ちにもなる。

そして、年齢もほとんどが10歳なんですよね。

『千と千尋の神隠し』でも千尋は10歳。

この10歳の少年・少女という設定が、意外と奥が深そうな感じ。

個人的な見解では、

自己の内面の力・作用が外へと放たれていく成長の過程があるのかもしれませんね。

いっつも涙目になります。(笑)


世界名作劇場・完結版 家なき子レミ [DVD]

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小公女(プリンセス)セーラ DVDメモリアルボックス

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ロミオの青い空 DVDメモリアルボックス

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千と千尋の神隠し (通常版) [DVD]

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  • 出版社/メーカー: ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
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どれも良い作品だゎ。

特に『ロミオの青い空』がいいですね!

あれは6歳か7歳の頃だよなァ。

そういえば、『オデュッセイア』のオデュッセイウスって「苦しむ人」っていう意味らしいんだね。

苦しむからこそ、辛抱強く生きられる。

あれは男の憧れでもありますねー。

しかし、『小公女セーラ』はある意味で物スンゴイ作品。

もう二度と作品化できないんじゃないでしょうか?

あの頃が一番心が豊かだった気がします。(苦笑)

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東京国立博物館 176 [東京国立博物館]

重要文化財 『松浦宮物語』 鎌倉時代・13世紀
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本当に『源氏物語』ばかりで申し訳ないです。^^;
そういえば、男性同士の『源氏物語』ってなんだか面白そう。

重要文化財 『源氏物語』 鎌倉~室町時代・13~16世紀
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恐らくは「パラ・アク2」需要!? [ブログ]

驚きました[exclamation&question]

昨日(1月25日)のアクセスが、初めて5000pvを超えましたw
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そのほとんどが「パラ・アク」関連なわけですが、
もう続編が来月公開なんですよね。
googleやyahoo!で検索してみると拙ブログが上位に出てきます。

そして、本日のランキングでは35位と、またまた到達していない区域に入りました。
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いつもご訪問していただきありがとうございますー♪(*'∀'*)ゝ


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映画批評 その307 『蝶の舌』 [批評-映画]

もうラストは涙が止まらなかった。

蝶の舌 [DVD]

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  • 出版社/メーカー: 角川映画
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登録情報
出演: フェルナンド・フェルナン・ゴメス, マヌエル・ロサノ
監督: ホセ・ルイスクエルダ
商品の説明
Amazon.co.jp
1936年のスペイン、ガリシア地方の小さな村。喘息のため遅れて小学校医入学した8歳の少年モンチョ(マヌエル・ロサノ)は、老教師グレゴリオ(フェルナンド・フェルナン・ゴメス)から勉強だけでなく自然界の神秘を教えてもらいながら成長していく。しかし、スペイン内戦が勃発し、彼らの平和な生活は一変してしまう…。

スペイン国民文学賞に輝いたマヌエル・リバスの原作を、名匠ホセ・ルイス・クエルダ監督が映画化。戦争によって人々の平和がいかに崩されていくかが、牧歌的な映像美とともに痛切につづられていく傑作。クライマックス以降の展開に関しては、何も前情報を入れずに観ることをおすすめする。見終わって、しばらくは誰とも何も語れなくなるほど心を揺さぶられること必至だろう。(的田也寸志)

内容(「キネマ旬報社」データベースより)
病弱の少年が心優しい先生との交流を通じて成長していく姿を描いた感動ドラマ。喘息持ちで皆と一緒に一年生になれなかった8歳の少年モンチョ。グレゴリオ先生は勉強だけでなく、自然界の驚きに満ちた仕組みや美しさを教えてくれるのだった…。

※動画視聴の際はコメントを消して見ることをお勧めします。
  ネタバレの他に、余りにもくだらなく下品なので、感動が最悪に薄れます。










これも『ダンサー・イン・ザ・ダーク』と同様に12~13歳の頃にみた作品。
最初見たときは本当に悲しくて悲しくて泣いていました。
やっぱり戦争は悲しい。賛嘆すべきものではない。
ファシズムによって全てが狂い、良心さえも有刺鉄線で縛られ、闇へと呑まれていく。
この悲劇を人類は忘れてはならない。

これ以上はレビュー書けそうもないのでここまでにします。


評価は120点。

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東京国立博物館 175 [東京国立博物館]

重文 「馬医草紙絵巻」 鎌倉時代・13世紀

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映画批評 その306 『ドクトル・ジバゴ』 [批評-映画]

大自然を背景にジュリー・クリスティーが出ていた所がよかった。

ドクトル・ジバゴ アニバーサリーエディション [DVD]

ドクトル・ジバゴ アニバーサリーエディション [DVD]

  • 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
  • メディア: DVD


登録情報
出演: オマー・シャリフ, ジュリー・クリスティ, ジェラルディン・チャップリン, リタ・トゥシンハム, アレック・ギネス
監督: デビッド・リーン

goo映画より。
解説・あらすじ - ドクトル・ジバゴ
解説

ボリス・パステルナークの小説を、「アラビアのロレンス」のロバート・ボルトが脚色、同じく「アラビアのロレンス」のデイヴィッド・リーンが監督した、ロシア革命を背景に1人の男の生涯を描いた文芸篇。撮影はフレッド・A・ヤング、音楽はモーリス・ジャール、美術監督はテレンス・マーシュとジョン・ボックス、装置はダリオ・シモニ、衣裳デザインはフィリス・ダルトン、特殊効果はエディ・フォーリー、第2班監督はロイ・ロソッティが担当した。出演は「アラビアのロレンス」のオマー・シャリフ、「ある晴れた朝突然に」のジェラルディン・チャップリン、「ダーリング」で38回アカデミー女優主演賞をとったジュリー・クリスティ、「クロスボー作戦」のトム・コートネイのほかにアレック・ギネス、シオバン・マッケナ、ラルフ・リチャードソン、リタ・トゥシンハムなど。製作は「クロスボー作戦」のカルロ・ポンティ、製作企画は「人間の絆」のジョン・ボックス。なおこの作品は、第38回アカデミー賞の、5部門(脚色賞、色彩撮影賞、色彩美術賞、色彩衣裳デザイン、オリジナル作曲賞)で受賞。

あらすじ

19世紀末のロシア。ユーリー・ジバゴ(オマー・シャリフ)は、医学の勉強を続けるかたわら詩人としても知られるようになった。幼い頃両親を失い、科学者グロメーコにひきとられた彼は、その家の娘トーニャ(ジェラルディン・チャップリン)を愛していた。2人の婚約発表のパーティーの日、近所の仕立屋の娘ラーラ(ジュリー・クリスティー)は、弁護士コマロフスキーの誘惑から逃れるため、彼に発砲するという事件を起こした。彼女は帝政打倒の革命に情熱をもやす学生パーシャ(トム・コートネイ)を愛していた。
1914年、ロシアは第1次大戦に突入し、ジバゴは医師として従軍した。戦場で看護婦として働らくラーラに再会した彼は、彼女がすでにパーシャと結婚したのを知り、自分もまた家庭を持っていたが、ラーラへの愛をどうすることもできなかった。それにパーシャは戦死したとの報告も入っていた。その頃ロシアは内戦が激しくなり、ジバゴはモスクワの家族のもとへ帰った革命軍の手に帰したモスクワは、飢えと物資の不足にあえいでいた。
ジバゴが革命軍のリーダーで、義兄のエフグラフ(アレック・ギネス)に初めて会ったのはその頃だった。義兄の勧めもあって、田舎で休養することにした彼は、旅の途中で白軍のスパイと間違えられ、赤軍の将校に尋問された。この将校は、戦死と報じられていたパーシャだった。彼は変わりはて、今や革命への狂信以外、何もない男になっていた。ラーラとの愛も再燃した田舎での生活、ジバゴにとっては幸せの日が続いたが、ある日突然、彼はパルチザンの1隊にとらえられた。妻に2人目の子供が生まれると知り、ラーラと別れる決心をした直後のことだ。
しかし彼は脱走し、ラーラのもとに帰ったが、2人の関係を知った妻が、子供をつれて、パリに亡命したと告げられた。今や亡命者の夫となったジバゴと、すでに追放の身となっていたパーシャの妻ラーラの前に、コマロフスキーが現れた。彼は2人に危険がせまっていると再三話し、ついに身重のラーラをつれて極東に去った。
8年後、ジバゴはモスクワの市街電車の中でラーラを見かけ必死に追ったが、かねてわずらっていた心臓発作で倒れ亡くなる。何年か過ぎた。エフグラフはダムの建築現場で働く若い娘(リタ・トゥシンハム)に出会った。彼女は、ジバゴとラーラの間にできた私生児だ。彼は両親のことを話してきかせ、ジバゴの詩集を贈りこう言った。「彼の仕事は党には容れられなかったが、詩を愛する人は彼を忘れない。彼ほど詩を愛した者はいなかった」と。






あの名曲を聴けば素晴らしい映画なんだろうなあ、と勝手に思っていたんだけど、
あまりにも期待しすぎて、見終わった後は、しばらく笑いが止まらなかった。(苦笑)
3時間20分も見たわりには内容が薄く感じ、
ジュリー・クリスティーと大自然と名曲以外は印象が薄かった。
これもジェネレーション・ギャップなのか分からないけど、
とにかく現代から見れば不思議な感覚だ。

でも、革命=血 というものが恐ろしいですね。
日本も幕末からこのような(アメリカ独立戦争やフランス革命などの思想を受けて)動きがあり、
戊辰戦争の悲劇があったのだろう。
本当は流さなくてもいい血を、「革命だ、革命だ!」と言って血を好み、
理想と現実を乖離する悲劇が、今でも引きずっている。

しかしまあ、自分の家なのに「自由だ、平等だ」と言って他人から指図されるなんて真っ平ゴメンだ。
人民のためにぜいたくを禁止するという名目で家や土地を奪われたり、
人の弱みを握って従軍を強制させる。
思想統制って本当に嫌なものですね。
感性を廃れさせ、思考を停止し、人はもはや「物」としかならない。
それが現代にも息づいている。
なんとも窮屈な世の中だ、と慨嘆せざるを得ない。

何はともあれ、面白いのに違いなかった。
これは相当年を重ねて見ないと難しい作品だと思う。
次回みる頃はアラフォーでしょうか?
そうでないと分からないみたいに思う。


評価は、ジュリー・クリスティーの美貌に94点。(笑)

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東京国立博物館 174 オススメの「源氏物語図屏風」 [東京国立博物館]

最近、源氏物語ネタで申し訳ないです。^^;

展示が終わってしまいましたが載せておきます。

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(初音)
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玉鬘十帖らしい、宮廷生活が垣間見られた気がします。


(若菜・上)
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不穏な空気が張り詰めるような、そんな雰囲気が意外と好き!?




ではでは。

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心理テスト [独言]

問題 人気パティシエがコンテスト優勝を目指し、ケーキを制作中。
    ここで、最もこだわったのは何だと思う?


A だれも使ったことのない食材を探し出した


B 最高級食材だけ集めた


C オーガニックにこだわった


D 対戦相手の情報を入手した









やっぱりAでしょうか。
我が道を行きたいものなので。(笑)

































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なにゆえ『源氏物語』? [独言]

いま思えば、『源氏物語』とは不思議な縁を感じる。

ちょうど2001年は中学1年生であり、新しい生活と共に絶望があった。
『源氏物語』は一般に2001年から2008年まで創作・編集・完成したと言われている。
その2001年が『源氏物語』1000年であり、その作品に出会ったのも2001年であった。
最初は「恋愛」しか興味がなかったのだが、読んでいくうちに「無常」さを感じるようになった。
その感性のもとで、中学2年生の頃は実際に小説活動に入り、友達の間では評判が良かった。
それが文化祭に出展していたらどうなっていた分からないが、
振り返ると「宿命」というものがテーマになっていた。
つまり、個々にある「宿命」、あるいは「宿業」。
積み重ねられていった業によって苦しみ、楽しみ、あるいはそれを打破しようとあがく。
それが基本的な拙著のテーマであり、原点でもあった。
『源氏物語』に出会えなければ、小説を書こうとは思わなかっただろう。

物語とは、普通の「おしゃべり」と考えても差し支えない。
いわゆる『源氏物語』はゴシックネタのようなことが含まれている。
藤壺との密会であったり、名も知らぬ美女との儚い悲恋であったり、
あとは幼女誘拐もあったりする。(苦笑)
最初は光り輝く物語であったが、話が進むにつれて闇が大きくなり、光を脅かす。
紫式部は仏教の信仰に厚く、登場する女性のほとんどが出家を望んでいる。
『源氏物語』は、「女性の宿業」を強く訴えるところが多く、
恋に悩まされて悶える苦しみから解放されたいと願っている。
「長恨歌」では楊貴妃は一応は尼になって修業したために、死後は蓬莱宮に住む事ができた。
しかし、楊貴妃を忘れられない玄宗は方士を送り、楊貴妃は蓬莱宮にて見つけ出されてしまった。
つまり再び縁を結ばれたことによって、来世にも恋に苦しまなければならない業を造ってしまった。
それゆえに「長い恨み」を下ろすことになったのである。

そして2008年、東洋大学に入学した時期は『源氏物語』千年紀であった。
しかもドナルド・キーン先生が文化勲章を受賞された年であったのだ。
その記念講演「私の源氏物語」を聴講できた喜びは、今でも忘れられない。
キーン先生もまたアーサー・ウェイリー訳の『源氏物語』に出会って日本に興味を覚え、
日本思想や日本古典を勉強されたそうです。
そして『源氏物語』千年紀の呼び掛け人でもありました。

まだまだ不思議に思うのが、11月1日はちょうど自分の誕生日であり、
その日が初めて『源氏物語』を言及した『紫式部日記』があることに因んで
「古典の日」と定められた。

『源氏物語』とは切っても切れないような、不思議な縁に、
今こうして書いていても鳥肌が立つ。

こういったことが積み重ねられて、卒業論文は『源氏物語』に挑戦しようと思ったキッカケ。

もう残りの大学生生活は1年と僅かです。
悔いの残らないように、自分が納得するそれ以上を目指して研究して参りたい。

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さらに徒然と [独言]

今回直木賞を受賞された道尾さんの『月と蟹』面白そうですね。

「王様のブランチ」で彼のインタビューを見ていたけど、すごく興味深い。

大人は不幸や不安を乗り越えようとする術を持っているけど、
子どもは丸腰。
そこで自分の新しい世界を創りだす。(趣意)

良いところを突いていますよね。
子ども、自分から言えば少年時代というものは、残酷もストレート。
いじめというのも順番があるとか何とかってあるけど、
結局は自分よりも弱い奴にストレスをぶちまけて解消しているんでしょうね。
今じゃかなり陰湿ないじめが多いけど…。

でも、人の不幸を願うものは恐ろしいものなんですよ。
相手は自分であり、自分の相手の姿そのものでもある。
自らの行為は自然と周囲へ影響し、グルッと廻って自分のところへ返ってくる。
これを知らないと、あとが怖いですよ~。

自分も新しい世界を創りだしていたけど、
それがまあ面白い(?)もので、バトル・オブ・エイリアンをやっていましたよ。(笑)
そう、あのリドリー・スコッチ監督・シガニー・ウィーバー主演の『エイリアン』。
エイリアン同士で戦わせて妄想にふけっていましたね。

中学に入れば小説活動に入り、一応まともな純文学を書いていた。
でもやっぱり残酷な事が多かったですよ。
あの頃はちょうど『バトル・ロワイアル』の映画があって小説やマンガも売れていたし、
その影響で自らも東京都足立区立OO中学校版『バトル・ロワイアル』を、
友人と共同で書いていました…。

卒業間近になって、拙著『宿命 闇の物語』の前身である"Pledge of Allegiance"を構想、創作。
それがドンドン変更及び肥大化していって現在に至る。
まさかココまで長編になるとは思いませんでしたよ。
まだクライマックスに差し掛かったままなのですが、書くのが本当につらくてつらくて。
やはり命が感応してくるんですよ。
悲劇を書けばブルーになるし、喜劇を書けば明るくなれるし。
文章に命を吹き込むって、スゴイことであるし奇跡なんだろうなぁって思ってたりします。

また純文学をかければ良いなァ…。

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創価学会とやらを徒然に [批判]

ここんとこ、緊張の糸が切れたので心が散漫しています。

なので、なかなかブログネタが思いつかず、
いや、いろんな要因が重なり合ってこうなってしまったんだろうけど…。

最近は、本当にくだらないものばかりなのでTV(特に地デジは!)を見る気がしない。
どこをどう見ても今回の冬ドラは海外ドラマの「二番煎じ」であるし、
(非)日常でよくある(小さな)出来事をクローズアップしといてキャラ向けでしかないアニメばかり…。

なので、AXNとかFOX、KBSWORLDなどの海外・韓流ドラマを見ています。



そうそう、言葉っていうものはある意味で正直なものだ。

先日、公明党候補者から戸別訪問があって、
今は合憲(?)のように捉えられているらしい。

そこで公明党候補者から、こんなことを言っていた。

「今は能なしの議員ばかりがあふれ返っている。
そういう連中を排除しなければならない」

なんとも心ない言葉だと思いませんか?

こういう事を平気で有権者に言い、票を得ようとしているんだから困ったものである。
本当に国民の痛みが分かる人は、人を物のよう例えては言わない。
特に「排除」という言葉に注意しなければならない。
「退けていただく」ならまだしも、「排除」とは随分とあからさまな野心が見えて、見苦しい。

また選挙活動を見ていると、他の政党の候補者たちは汗を流して訴えているが、
公明党候補を見れば、汗はかかないし、
涼しい顔で手を振って台詞で覚えた言葉を連呼するのみ…。
よほど学会票・F票に自信があるようだが、
昨今の選挙では国民は冷めた目線でいることがわかる。
しかし油断は禁物。
いまは勢いに乗っているので、公明党の議席が確保されてしまう可能性がある。

とにかく、選挙に不正はあってはならない。
政治であれば尚更だ。

池上さんの解説は本当に分かりやすいのですが、
選挙の特番は、選挙の前の日に放送してほしかったですね。
有権者として、一体どのようなものが選挙の焦点となっているのかハッキリしてほしいし、
(若い人たち等が)選挙するうえでの啓発として、政党の内容を伝えてもらいたい。








次は鈴木宗男さんの動画。
彼の発言は大変重みがあり、マスコミあるいは検察の批判が的確に述べられています。
これが嘘だとは、正直思えない。
創価学会とは関係ないじゃないか、と思われるかもしれないが、
現に創価学会は「総体革命」実行のために立法・司法・行政に工作員を送りこんでいる。
邪魔者がいれば排斥する、そのためには権力がいる。
権力の中枢まで掌握し、でっち上げをして相手を追い詰め、最悪の場合は命を断たせる。
それが彼らの実態であり、政党・マスコミ等が沈黙されてきた現状だ。












こういったことを考えると、自分を含めていかにマスコミを通じて洗脳されてきたか、痛く思う。
これぞ創価学会と同じ洗脳方法であり、
繰り返し繰り返し行われることによって、在りもしないものが事実となり、
事実であったものが虚妄へと成り果ててしまうのである。

だから、小沢一郎さんの一連の事件を思うと、やはり検察を疑うのが自然であるし、
推定無罪のことを考えなければならないのではないか、そう思うこのごろでした。



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大学図書館から借りてきた本 [大学]

最近、朝の5時に起きる竜眼寺暁です。


試験が終われば、いよいよ2ヶ月くらいの春休みが来るわけですが、
文学部は卒論提出が今年の12月12日までなので、
この春休み中にある程度課題・資料を見つけなければならない時期です。

まだ就活期間中ってこともあって両立が難しいのですが、
無理しないように取り組みたいと思います!

昨日は久々にトーハク(東京国立博物館)に行ってきました。
本館がリニューアルオープンしていまして、
平常展が「総合文化展」と変わり、中もだいぶ広くなっていました。

今月のおすすめは、『源氏物語』の屏風ですね。



ということで、大学図書館から借りてきたものを載せます。



源氏物語の仏教思想―仏教思想とその文芸的意義の研究 (1967年)

源氏物語の仏教思想―仏教思想とその文芸的意義の研究 (1967年)

  • 作者: 重松 信弘
  • 出版社/メーカー: 平楽寺書店
  • 発売日: 1967
  • メディア: -



源氏物語の精神的基底 (1970年)

源氏物語の精神的基底 (1970年)

  • 作者: 小野村 洋子
  • 出版社/メーカー: 創文社
  • 発売日: 1970
  • メディア: -



古典における伝統と葛藤 (1978年) (笠間叢書〈84〉)

古典における伝統と葛藤 (1978年) (笠間叢書〈84〉)

  • 作者: 岡 一男
  • 出版社/メーカー: 笠間書院
  • 発売日: 1978/01
  • メディア: -



源氏物語の季節と物語―その類型的表現 [新典社新書]

源氏物語の季節と物語―その類型的表現 [新典社新書]

  • 作者: 渋谷 栄一
  • 出版社/メーカー: 新典社
  • 発売日: 2008/08/10
  • メディア: 新書



源氏物語ものがたり (新潮新書)

源氏物語ものがたり (新潮新書)

  • 作者: 島内 景二
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/10
  • メディア: 新書



源氏物語 (同時代ライブラリー―古典を読む (249))

源氏物語 (同時代ライブラリー―古典を読む (249))

  • 作者: 大野 晋
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1996/01/17
  • メディア: 単行本



日本〈聖女〉論序説 斎宮・女神・中将姫 (講談社学術文庫)

日本〈聖女〉論序説 斎宮・女神・中将姫 (講談社学術文庫)

  • 作者: 田中 貴子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/09/13
  • メディア: 文庫



源氏物語 ―語りのからくり― [新典社新書]

源氏物語 ―語りのからくり― [新典社新書]

  • 作者: 鷲山 茂雄
  • 出版社/メーカー: 新典社
  • 発売日: 2008/04/23
  • メディア: 新書



『源氏物語』と『枕草子』 (PHP新書)

『源氏物語』と『枕草子』 (PHP新書)

  • 作者: 小池 清治
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2008/11/15
  • メディア: 新書



源氏物語と日本人 (講談社プラスアルファ文庫)

源氏物語と日本人 (講談社プラスアルファ文庫)

  • 作者: 河合 隼雄
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2003/10/21
  • メディア: 文庫



伊勢物語 (同時代ライブラリー―古典を読む (263))

伊勢物語 (同時代ライブラリー―古典を読む (263))

  • 作者: 杉本 苑子
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1996/04/15
  • メディア: 新書



物語の方法

物語の方法

  • 作者: 藤井 貞和
  • 出版社/メーカー: 桜楓社
  • 発売日: 1992/01
  • メディア: 単行本



日本語と世界 (講談社学術文庫)

日本語と世界 (講談社学術文庫)

  • 作者: 大野 晋
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1989/09
  • メディア: 文庫




これくらい借りてきました。
『源氏物語』は仏教と切り離せない関係なので、
この2ヶ月間はじっくりと考えてみたいです。


ではでは。

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気が付いたら… [独言]

昨日はレポート提出期限だったので、
月曜日から火曜日までの2日間、
眠らないでひたすら「平安時代における助詞の特徴」および
「後期で俳家奇人談に登場した俳人たちを10個注釈せよ」
を書いていました。

正直言えば、文法が苦手である助詞の説明が意外と簡単に1200字で書きあげ、
俳諧の方がむちゃくちゃ難しかった。
それで昨日の午前10時まで全く書く気力がなかったんですよね。(苦笑)
なぜかと言えば、乙州と智月や丈草、嵐雪などの資料が少ないからです!
それでしばらく自分の趣味の時間を充ててから、
講義で受けてきた内容をまとめて、自分なりに感じた俳句を研究して2000字くらい書けた。

すべてのレポートを書き終えたときは、既に午後2時くらいになっていましたよ…。

まあそんで、いつも通りの時間に大学へ行って席に着いたわけですが、
いざ講義が始まると、暖房のせいで程よい暖かさになってウトウトしていたら、
即意識を失ってしまいました………。

気が付いたら、もう周りの学生がいなくて、

「しまった、レポートの提出が!!!」

と焦って飛び上がっちゃいました。(爆)

期限が講義の終了までなので、もう提出が終わってしまったのかなぁ、
と思って時計を見たら、夜の7時30分だったので、終了10分前でした。
目の前にいた講師に急いでレポートを提出して確認を取ってもらいました…。

もしあのまま起きていなかったら、単位を落としていたでしょう。^^;

久々に講義中に眠ってしまいました。
やっぱり睡眠をとるのは大事ですね。


ではでは。

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東京国立博物館 171 [東京国立博物館]

「名所江戸百景・品川すさき」 歌川広重筆 江戸時代・安政3年(1856)

SANY1610.JPG



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「長恨歌」と『源氏物語』「桐壷」巻 [大学]

去年の話になりますが、
比較文学文化演習で発表した「長恨歌と源氏物語」のレジュメです。
たぶん誤字脱字ありますが…細かいところは気にしないでください。



比較文学文化演習Ⅱ                        2010.11.22
「長恨歌と源氏物語」                     竜眼寺暁

○長恨歌
 白楽天(772~846年)作。名は白居易、楽天は字。代宗大暦7年正月20日の新鄭に生まれ、貞元16(800)年2月に28歳で進士に合格。32歳の時に抜粋科の国家試験に及第、校書郎に任ぜられ都・長安に住む。憲宗の元和(806)元年35歳で上級の試験に合格、長安の郊外・盩厔(ちゅうちつ)県(けん)(現在の陝西省)尉に任官した。この年の12月、長安郊外の仙遊寺に白楽天と陳鴻と王質夫が酒を酌み交わして後、玄宗の話題にまで及ぶ。既に玄宗と楊貴妃の悲恋伝説は万民の知るところであり、王質夫がこの話を題材にして一詩をつくることを白楽天に勧めたことから本作品が成立した。「長恨歌」はたちまち市井に流行し、日本でも王朝文学において大きな影響を与えている。
  ※また陳鴻が「長恨歌」を散文化した『長恨歌伝』がある。

○源氏物語
 紫式部(生没年未詳、天延元〈973〉年~長和3〈1014〉年か)作。本名は不明。紫式部の由来は、源氏物語の「紫の上」と父の官位「式部丞」による名が有力。藤原為時の娘で幼少の頃より漢文を読みこなし、また受領の階級であったため父が越前に任ぜられた時はそこで2年間過ごす。長徳4(998)年ころ、親子の年ほど離れた藤原宣孝に嫁した。長保元(999)年には一女藤原賢子を儲ける。しかし結婚生活は長く続かず、まもなく宣孝と死別。寛弘2~3(1005~1006)年から中宮彰子に仕え、寛弘年間(1004~1011)に『源氏物語』が創作された。
 『源氏物語』は54帖からなり、主人公・光源氏の義母、藤壺女御への思慕に始まる愛の遍歴と栄華を描く第一部、中年に至った源氏が女三宮の降嫁を受けてのち、最愛の紫上との関係や女三宮の密通事件に苦しむ第二部、女三宮と柏木の間の不義の子・薫の魂のさすらいを描く第三部と成り立っている。

○梗概
「長恨歌」
①漢皇は美女を得たいと望んでいた。しかし長年の治世の間に求めても得ることができなかった。楊家の娘は生まれながらにして容姿端麗で、それを隠せどもいつかはあらわれ、王に聞こえ召される。それ以来、王は楊貴妃に傾いていき朝政を怠ってしまう。また楊貴妃の縁者は次々と栄耀栄華を極め、世の親は男を産むよりも女を産むことを喜ぶようになった。やがて反乱が起き、帝は楊貴妃らを連れて蜀を目指す。しかし食料が尽き兵士たちはいら立ちを隠せず、反乱の元凶である楊家を殺害、ついには楊貴妃に死を求めるようになった。王はやむを得ず楊貴妃殺害を認め、王の馬前において殺される。落ちのびて行く王の目からは血の涙が流れていた。

②蜀の成都に着いたものの、仮住まいの宮殿にあって月を見れば、亡き貴妃のことを思い浮かべて心が痛む。しばらくして反乱が治まり、王は長安へ向かうが楊貴妃が亡くなった馬嵬に着くと、ためらって足を運ぶことができない。この土の下にはもう玉のような美しい顔はなく、空しい思い出しかない。ようやく長安にもどるが、春の風に桃や李の花が美しく咲けば彼女を偲び、秋の雨に梧桐の葉がさびしく散ればまたしても彼女を思い出される。夕暮れの宮殿に飛び交う蛍を見ては深く憂えに沈み、時刻を知らせる鐘や太鼓の音が秋の夜長にゆっくりと鳴り響く。はるか遠く生死を分けてから幾歳月が過ぎ去り、彼女の魂魄が会いに来て夢に現れることはない。

③臨邛の人・鴻都客という方士がいて、心をこめた力をもってよく死者の魂を招きよせることができた。亡き楊貴妃を思って夜も眠れぬほどの王の深い上に心を打たれ、また王の言葉のない真意を察し、ついに方士も亡き妃の魂をねんごろに探し求めることになった。方士は大空の果てから地の底の死の国まで探したが見つからない。ふと聞いた噂に、遠い海の果てに一つの仙山があり、そこはこの世ならぬ世界にあるという。方士はようやくその仙山にたどり着き、そこの宮殿の中には仙女たちが大勢いた。うち一人が楊貴妃に似ており、雪のような白い肌、花のような容姿をして玉妃と呼ばれていた。王の使者が尋ねてきたと聞かされた玉妃は夢から覚めた思いで驚く。玉のような美しい顔はさびしげに、涙は止めどなく流れ落ち、それは一枝の梨の白い花が春の雨に濡れたような風情であった。玉妃は王の深い心に礼を述べて「お別れして以来、声も姿もない遠い存在となってしまいました。昭陽殿での恩愛も絶え、蓬莱宮の中で過ごした時間も長くなりました。振り返って下界の人間の住む世界を眺めると、長安は見えず、ただ霧や塵が見えるばかりです。今はただ懐かしい形見の品によって私の深情を示したいのです」と、螺鈿の小箱を蓋と実を二つに分け、かんざしの片方の足を裂き、小箱の実とかんざしの片方を方士に託した。これは金や螺鈿のように心を堅く持っていれば、天上界と人間界に分かれても私(玉妃)と王は再び会えるであろうというものであった。別れに際し、丁寧に重ねて言葉を寄せる。その伝言は七月七日の長生殿において王と楊貴妃にしか分からない誓いの言葉だった。

「天にあっては、共に翼を合わせて飛ぶというあの比翼の鳥となりたい。
 地にあっては、ともに枝を差し交わして生えるというあの連理になりたい」

思えば天は長く地は久しいというが、それでもいつかは滅びるときがある。しかし、二人の愛の恨みの思いは、永久に語り伝えられて、尽きることはないであろう。

『源氏物語』「桐壷」巻
㊀どの帝の御代であったか、大勢の女御更衣の中に、さして高貴人とはいえぬ故大納言の娘が格別に帝の寵愛をこうむっていた。桐壷更衣である。我こそはと自負する女御たち、また同輩の更衣たちの嫉妬・憎悪がこの更衣に集中するのは当然であった。更衣は、後見もなく心労の絶えぬ日々をただ帝の庇護によりすがって生きていたが、やがてこの世のものとは思われぬ玉の如き皇子を生んだ。物語の主人公・光源氏である。帝は先に右大臣の娘、弘徽殿女御腹の第一皇子をもうけていたが、この桐壷更衣の第二皇子の麗質には比肩すべくもなかった。この皇子に注がれる帝の愛はいうまでもないが、また母更衣が以前にもまして帝の心を独占することになったのも自然の成り行きであった。しかし、この皇子の3歳の夏、周囲の恨みを一身に負って病み疲れた更衣は儚くこの世を去った。

㊁政務をなげうって悲嘆に沈む帝は、白楽天の「長恨歌」に語られる玄宗皇帝と楊貴妃との悲話に我が身をなぞらえ、日夜更衣を哀慕して涙にくれた。そうした帝にとっては、更衣の遺児の皇子の成長が唯一の慰みであった。帝は皇子を跡継ぎとして東宮に立てたいと願ったのだが、しかし後見をする人もなく、また世間の許すはずもないこととて、弘徽殿女御腹の第一皇子を立坊することになった。6歳の年、唯一の近親の叔母君に先立たれた皇子は、宮中に住んで父帝の薫育下に成長し、7歳の年に正式の学問を始めたが、その神才ぶりは抜群であった。さらに音楽芸能の面でも超人的な技能を発揮したのである。その頃来朝した高麗の相人は「帝王の位に上る相があるが、そうなると国の乱れることがあろう。朝廷を補佐する相かといえば、それも違うようだ」と、王子の将来について不思議な予言をした。帝はこの皇子の身の上の安泰を念じて臣籍に下し、源氏の姓を賜ることにした。

㊂桐壷更衣を失った帝の傷心はいつまでも癒えなかったが、ここに奇しくも亡き更衣に生き写しの先帝の四の宮が藤壺女御として入内するに及んで、帝の心は慰められた。光源氏も藤壺に亡母の面影を求めて慕い睦しんだ。12歳で元服した源氏は、帝の配慮によって左大臣の宮腹のひとり葵上を妻としたが、葵上は4歳年上であり、その端正になじむことができなかった。そうした源氏の胸中には、元服の後席を同じゅうすることの許されなかった藤壺の面影が抱かれていた。源氏は新造された里邸の二条院に藤壺のような理想の女性を迎えて共に暮らしたいと願うのであった。

○本文比較
 「長恨歌」および「桐壷」巻は石田穣二・清水好子の新潮日本古典集成による。

「長恨歌」
漢(かん)皇(こう)色を重んじて傾国を思ふ 御寓(あめのしたををさむること)多年求むれども得ず
楊家に女(むすめ)有り初めて長成(ひととな)れり 養はれて深窓に在れば人未だ識(し)らず
天の生せる麗はしき質(すがた)は自(おのず)ら棄て難し 一朝に選ばれて君王の側(かたはら)に在り
眸(ひとみ)を廻(めぐ)らして一たび笑むときに百の媚(こび)生る 六宮(りっきゅう)の粉黛(ふんたい)は顔色無し

「桐壷」巻
 いづれの御(おほむ)時にか、女御(にょうご)、更衣(かうい)あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。はじめより我はと思ひ上がりたまへる御かたがた、めざましきものにおとしめ嫉(そね)みたまふ。同じほど、それより下﨟(げらふ)の更衣たちは、ましてやすからず。朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふにやありなむ、いとあつしくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、いよいよあかずあはれなるものに思(おも)ほして、人のそしりをもえ憚(はばか)らせたまはず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。上達目(かんだちめ)、上人(うへびと)なども、あいなく目を側(そば)めつつ、いとまぶゆき人の御おぼえなり。唐土(もろこし)にも、かかる事の起りにこそ、世も乱れ、あしかりけれど、やうやう天(あめ)の下にもあぢなきなう、人のもてなやみぐさになりて、楊(やう)貴(き)妃(ひ)の例(ためし)も引き出でつぐべくなりゆくに、いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにてまじらひたまふ。


 「桐壷」巻の冒頭で「唐土にも、かかる事の起りにこそ~楊貴妃の例も引き出で」ており、平安時代当時に大流行していた白楽天の「長恨歌」を踏まえて桐壷帝と桐壷更衣との悲恋を綴る、物語の始まりにふさわしい題材である。桐壷更衣は後見がなく力もなく、そのうえ帝から寵愛を受けており、身分の高い女御から同じ身分の更衣まで周囲から反感を買うようになる。桐壷更衣の「すぐれて時めきたまふ」との注目ぶりと同時に、その心労でたびたび病気がちになり、帝はますます深く寵愛するのであった。そこに「長恨歌」の「漢皇色を重んじて傾国を思ふ」に当たるのであろう。


「長恨歌」
 春の宵苦短くして日高けて起く 此より君王早朝(あさまつりごと)したまはず

「桐壷」巻
 ある時には大殿(おほとの)籠(ごも)りすぐして、やがてさぶらはせたまひなど、あながちに御前(おまへ)去らずもてなさせたまひしほどに、


 やがて桐壷更衣が光源氏を生み帝はより一層寵愛が増した。大殿籠るとは寝るの尊敬語で、帝は桐壷更衣と寝所をともなって、そのまま離れずに日を過ごすことになるから、政務を怠ることになるであろう。女御更衣は夜のご用がすめば自分の御殿に下がることになっているが、帝が桐壷更衣に対していかに寵愛が深まったか窺えることができ、政務を怠る「此より君王早朝(あさまつりごと)したまはず」の意と同じものになる。このことで弘徽殿女御は第一皇子を差し置いて光源氏を東宮に立てるのではないかと危惧する。
また後の話になるが、桐壷更衣を亡くし悲しみにくれる帝の描写に、

 「朝(あした)に起きさせたまふとても、明くるも知らで、とおぼしいづるにも、なほ朝(あさ)政(まつりごと)はおこたらせたまひぬべかめり」

とあり、これも「早朝(あさまつりごと)したまはず」と重ねる箇所である。
この後はいったん「長恨歌」から離れて傾国の美女を諷諭した「李夫人」や、楊貴妃に妬まれて上陽宮に配され、16歳で参内したにもかかわらず、60歳になるまでついに帝に会うことなくむなしく美貌を果てた「上陽人」(いずれも白楽天作)が影を落とすが、ここでは省略に従う。


「長恨歌」
 夕殿(せきでん)に蛍飛んで思ひ悄然(しょうぜん)たり 秋の燈(ともしび)挑(かか)げ尽して未だ眠ること能はず
 遅遅たる鐘漏(しょうろう)の初めて長き夜 耿(こう)耿たる星河の曙(あ)けむとする天
 鴛鴦(えんおう)瓦冷やかにして霜(そう)花(くわ)重し 旧き枕故(ふる)き衾(ふすま)誰と共にかせむ
 悠々たる生死別れて年を経たり 魂魄曾て来つて夢にだも入らず

「桐壷」巻
ほど経るままに、せむかたなう悲しうおぼさるるに、御かたがたの御宿直(とのゐ)なども絶えてしたまはず、ただ涙にひちて明かし暮らさせたまへば、見たてまつる人さへ露けき秋なり。

 
 いよいよ辛い仕打ちを受けてきた桐壷更衣の心労がたまり、病が重くなって宮中から退出することになった。帝はまだ側に置いていきたいが、更衣の母より涙の奏上と、宮中では万が一の時の死の穢れを憚って病気退出するのがならわしでもあった。退出の際、帝は桐壷更衣に「死出の旅路にも、後れたり先立ったりするまいと、お約束あそばしたものを。いくらそうだとしても、おいてけぼりにしては、行ききれまい」と仰せになると、桐壷更衣は歌をもって返すのであった。これが『源氏物語』最初の歌でもある。

  「限りとて別るる道の悲しきに 
いかまほしきは命なりけり」

 まもなく桐壷更衣が亡くなり、光源氏は実家へ引き取られることになり宮中を退出する。帝は時が過ぎていくに従ってどうしようもなく悄然とした思いであり、女御更衣がたの夜の宿直など命ずることなく長々と感じられる夜である。瓦に霜のみちる凋落の季節は「露けき秋」であった。


「長恨歌」
 
臨邛(りんきょう)の方士鴻(こう)都(と)の客 能く精誠を以つて魂魄を致す

「桐壷」巻
 野分(のわき)だちて、にはかに膚(はだ)寒き夕暮のほど、常よりもおぼしいづること多くて、靫負(ゆげひ)の命婦(みゃうぶ)といふをつかはわす。


 「長恨歌」で方士・鴻都客が楊貴妃の魂を探し求めるところを、『源氏物語』では靫負命婦に代えられていることは有名である。この魂の在りかについては後述する。


「長恨歌」
 空しく旧き物を持(と)りて深き情(なさけ)を表はす 鈿合金釵(てんかふきんさい)寄せ将(も)て去ぬ
 釵は一鈷を留め合は一扇 釵は黄金を擘(つんざ)き合は鈿を分てり 
但(ただ)心をしては金鈿の堅きに似しめて 天の上人間(よのなか)会(たまたま)相見る

「桐壷」巻
 ただかの御かたみにとて、かかる用もやと残したまへりける御装束(さうぞく)一(ひと)領(くだり)、御髪上(みくしあげ)の調度(でうど)めく物添へたまふ。


 「長恨歌」に出てくる釵が「桐壷」巻にも見える。「御髪上の調度」の釵はそれを贈ることによって深情を示すと考えられ、また足は対にもなっており、その足を割って金の如く堅い心で信じ合えば再会も可能であると考えられる。靫負命婦は桐壷更衣の母から形見として衣装一揃や釵を帝に贈るよう託される。
 靫負の命婦が桐壷更衣の形見を携えて宮廷に戻ると、帝は、
  「このころ、明け暮れ御覧ずる長恨歌(ちゃうごんか)の御絵(ゑ)、亭子院(ていじのゐん)の書かせたまひて、伊勢(いせ)、貫之(つらゆき)によませたまへる、
   大和(やまと)言の葉をも、唐土(もろこし)の詩(うた)をも、ただその筋(すぢ)をぞ、枕(まくら)言(ごと)にせさせたまふ」
と、亭子院(宇多天皇の譲位された名)が描かせた長恨歌の絵を眺めていたのであった。ここで始めて「長恨歌」の文字が表れる。実際に亭子院のかかせた絵に伊勢が書いた和歌の「長恨歌屏風」が存在しており、より一層現実に近づくと同時に、改めて「楊貴妃の例」を引き出し、その物語をかかえ込もうとする作者の意欲が感じられる。

 
「長恨歌」
 太(たい)液(えき)の芙蓉(ふよう)未央(びやう)の柳 此に対(むか)つて如何にしてか涙垂れざらむ
 芙蓉は面の如く柳は眉の如し

「桐壷」巻
   「尋ねゆく幻もがなつてにても 
魂のありかをそこと知るべく」
 絵にかける楊貴妃の容貌(かたち)は、いみじき絵師(ゑし)といへども、筆限りありければ、いとにほひ少なし。太(たい)液(えき)の芙蓉(ふよう)、未央(びやう)の柳(やなぎ)も、げに通ひたりし容貌(かたち)を、唐めいたるよそひはうるはしうこそありけめ、


 「長恨歌」では方士がようやく仙山にたどり着き、玉妃と名乗る楊貴妃を見つけ出すと、玉妃から螺鈿や釵を、さらに誓いの言葉でもって(楊貴妃に)会ってきた証拠を託される。
 帝も靫負命婦を遣わしてその形見を目にすると、「亡くなった人の住処を探し当てたという証拠の釵であったならば」と形見は桐壷更衣その人の手で渡されたものではなく、いま現在の桐壷更衣の魂の在りかを知りたがったが、それは全く甲斐なかったことだとより悲しさを増す。そこで「尋ねゆく幻もがなつてにても魂のありかをそこと知るべく」と歌を詠む。幻は方士を指すとの通説に従い、「長恨歌」に登場した方士は現実にはいなく、しかも桐壷更衣の魂の在りかを知らない身の上を深く嘆いた。それくらい「大液の芙蓉、未央の柳」の句にある美しい容貌の、生前の桐壷更衣の執着が強かったのであろう。
ここで和歌が詠まれるが、藤井貞和氏の説では
 「贈答歌はもちろんそうだが、独詠歌もまただれかを、何かを喚ぶのだ。また喚ばれているから答えるのである。独詠歌といわれるものが贈答歌のかたわれとしてあることを指摘したい。喚びおこし、また喚ばれる心に答えるという性質を、贈答歌、独詠歌共通の奥に見落とすべきではない」
(『源氏物語入門』 講談社学術文庫49頁)
と指摘され、桐壷更衣の詠んだ「限りとて別るる道の悲しきにいかまほしきは命なりけり」は、帝が詠んだ「尋ねゆく幻もがなつてにても魂のありかをそこと知るべく」と生死を超えた唱和であることを挙げている。(ちなみに、ここで喚ばれるのは光源氏である。)


「長恨歌」
 天に在りては願はくは比翼の鳥作(た)らむ 地に在りては願はくは連理の枝為(た)らむ
 天の長く地の久しき時に尽くること有りとも 此の恨みは綿綿として絶ゆる期(とき)無けむ

「桐壷」巻
 朝夕(あさゆふ)の言(こと)種(くさ)に、翼(はね)をならべ、枝をかはさむと契らせたまひしに、かなはざりける命のほどぞ、つきせずうらめしき。


 ここでほぼ白楽天の詩をそのまま和訳されているが、しかし楊貴妃に語られていたものが見事に桐壷更衣と重ね合わされている手腕に改めて驚かされる。異国の物語であったものが日本風に脚色され、相違としては「長恨歌」では仙界と人間界に分け隔たれても再会の望みが描かれているに対して、ともども生きて帝と桐壷更衣が形(釵など)を所有している二つの一つを持ち合わせていない。
 そこで登場してくるのが光源氏と藤壺であった。桐壷更衣が残していった、いわば生きた形見であり、帝は桐壷更衣への寵愛を光源氏の愛情へと変えて注ぐこととなる。生前の桐壷更衣の生き写しであり、紫上の父が兄である藤壺が十四歳で入内され、帝は再会を約束する「かんざし」を得られない代わりに、この二人を得ることができたのだった。


○考察・まとめ
 「長恨歌」の①②③の段落は「桐壷」巻の㊀と㊁の前半に当てはめられる。㊁の後半と㊂以降は「長恨歌」との引用が濃厚でないので除外したが、実は長い恨みの根を下ろすのが帝のみならず、その子・光源氏にも及ぶことが『源氏物語』の根底にある。また登場人物の死を「長恨歌」の引用によって鎮魂とし、新たに場面を変えて物語を進めていく役割があった。「桐壷」巻では桐壷更衣の死と共に光源氏が登場し、「葵」巻であれば葵上の死の後に源氏は紫上と新枕を交わし、「幻」巻においても同様で、最愛の紫上に先立たれた光源氏の晩年と、次世代の物語(宇治十帖篇)の準備として三宮(後の匂宮)や薫たちが登場している。
 ここでは取り上げられなかったが、「桐壷」巻は「長恨歌」のみならず「李夫人」や「上陽人」を引用されて、物語に奥行きを与えている。例えば「李夫人」は桐壷更衣と同じ境遇で、卑しい身分から宮廷へ上り、漢の武帝から寵愛を受け一子をもうけるが、まもなく病に臥せて死別し、武帝が方士に命じて反魂香でもって亡くなった李夫人を呼び寄せようとする。これは前回発表した干宝の『捜神記』にも収録されている。ここに六朝時代以降で培われてきた志怪・神仙思想が垣間見られ、人々が興味を示す死後の世界、あるいは仙人・仙女の世界を白楽天は巧妙に取り入れて「長恨歌」の中に広がっている。しかし『源氏物語』の作者・紫式部は、「桐壷」巻では方士がいなく、桐壷更衣の魂をありかを知ることができなかった帝の悲嘆は、玄宗の悲しみよりも超えており、より現実的な悲恋へと遂げさせた。その証拠に、「長恨歌」では楊貴妃が亡くなる前に「朝政したまはず」のところを、「桐壷」巻では更衣が亡くなった後に「朝政はおこたらせたまひ」と置き換えている。
 「桐壷」巻㊀と㊁の前半はこのように、「長恨歌」を基に「李夫人」や「上陽人」などを次から次へと積み重ねられ膨張した一帖であると思われる。



○参考文献

源氏物語と白楽天

源氏物語と白楽天

  • 作者: 中西 進
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1997/07/25
  • メディア: 単行本



源氏物語と白居易の文学 (研究叢書)

源氏物語と白居易の文学 (研究叢書)

  • 作者: 新間 一美
  • 出版社/メーカー: 和泉書院
  • 発売日: 2003/05
  • メディア: 単行本


高木博『長恨歌雑記』(1988年 双文社出版)

源氏物語 (1) (新潮日本古典集成)

源氏物語 (1) (新潮日本古典集成)

  • 作者: 紫式部
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1976/06
  • メディア: 単行本



源氏物語入門 (講談社学術文庫 (1211))

源氏物語入門 (講談社学術文庫 (1211))

  • 作者: 藤井 貞和
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1996/01
  • メディア: 文庫



源氏物語の真相 (角川選書)

源氏物語の真相 (角川選書)

  • 作者: 清水 婦久子
  • 出版社/メーカー: 角川学芸出版
  • 発売日: 2010/04/21
  • メディア: 単行本



日本における受容 (白居易研究講座)

日本における受容 (白居易研究講座)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 勉誠社
  • 発売日: 1993/12
  • メディア: 単行本



漢詩大系〈第12〉白楽天 (1964年)

漢詩大系〈第12〉白楽天 (1964年)

  • 作者: 田中 克己
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1964
  • メディア: -



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東京国立博物館 170 [東京国立博物館]

「風俗三段娘・下品之図」 喜多川歌麿筆 江戸時代・18世紀
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あれから月日が流れ、創価学会は反省したか? [独言]

今日で16年目を迎えた、阪神淡路大震災。


世間の人は信じがたいであろうが、仏法には「依正不二」という言葉がある。
依正とは、依報・正報という意味で、二にして一体である、と平たく言えばそうである。
依報、つまり我々が住む上でなくてはならない国土や空気などを指す。
正報とは、報いを正しく受けられる、その主体である衆生の心身のことを指す。
それの依(よ)り所となるのが、依報ということである。

※因みに、昔の創価学会が出版していた『仏教哲学大辞典』を参考にしています。


簡単に言えば、我々が正しい行いをしているか、
あるいは悪い行いをしているかで、我々が住む世界は影響を受けるのである。

これをさらに分かりやすく言えば、表裏一体、という言葉が近いであろう。


あの年、特に平成に入ってから創価学会は宗門から破門されると、
それを待っていたかのように、ありもしない陰謀説が聖教新聞や創価新報に流れ、
怪文書も巷に溢れかえっていた。
そして、御不敬にも御本尊を複製して、学会員の間にニセ本尊が出回った。
以下、過去の記事から引用。
------------------------
平成五年では総本山第二十六世・日寛上人の御本尊を勝手に手を加えて一枚刷りの印刷を行った。これは「ニセ札」を作る行為とまったく同じ理屈で、唯授一人の血脈を相承された御法主上人のみ許された(恐れ多いが)御本尊作製を、創価学会は自分たちの手で作ってしまったのだ。その「ニセ本尊」を学会員に配布し、本物の御本尊を焼却・処分したのだ。その結果、平成七年一月一七日未明、兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)が起きたのだ。M7.3、震度7を初めて観測し、死者6、434人、行方不明者3人、負傷者43、792人が出る大惨事となった。
------------------------(「独白」を参照のこと)
なぜ学会はニセ本尊を造ったか?
それは宗門から破門された故に本物の本尊を頂くことが出来なく、
会員に不信感を煽らせたくない事もあったのでしょう。
しかし、創価学会2代会長の戸田先生はこう指導されていました。
------------------------
「御本尊だけは、われわれは作るわけにはゆかない。日蓮大聖人様のお悟り、唯受一人、代々の法主猊下以外にはどうしようもない。だから、仏立宗・身延のヤツラが書いた本尊なんていうものはね、ぜんぜん力がない。ニセですから、力がぜんぜんない。むしろ、魔性が入っている。魔性の力が入っている」(『大白蓮華』昭和三四年七月号)
------------------------
かつて池田大作もこう言っておりました。
------------------------
「御本尊様は日蓮大聖人の生身と拝することです。その信心でなければなりません。(中略)御本尊を“物”と扱うようになった場合は罰をうけます。学会精神に反します。信心ではありません」(『大白蓮華』昭和三九年八月)
------------------------
しかし、平成五年の識者から「究極に求められるものは何か」と質問された時、
池田大作は「板曼荼羅の御本尊ではなく、久遠の法です」と答えた。
さらにそれを聞いた識者は「(池田)名誉会長が、永遠の根元を求めておられ、板曼荼羅に、偏狭にこだわっておられないことに、非常に感動し、創価学会の普遍性と、発展の因を見た思いでした」と述べたことに対して、
------------------------
「やっぱり、曼荼羅はいつかなくなっちゃう。物体だから」
------------------------
と発言しました。
また平成五年九月七日のスピーチでは、
------------------------
「本門戒壇の板本尊が何だ!寛尊は『信心の中にしか本尊はない』と。ただの物です!」
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と成仏の直道である戒壇の大御本尊を、ただの“物”として侮蔑した発言を行いました。
昔と180度違う発言をしていますよね。

こうして悪業を積んでいくうちに、あの阪神淡路大震災が起こったのでした。


また、いまブラジルでは災害に被られています。
これは1月16日の『聖教新聞』の内容です。
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創価の平和・文化・教育運動 ブラジルに高まる賞讃

ジアデマ市の授与式では、イケダヒューマニズム交響楽団が祝賀演奏を披露。創価学会、ブラジルSGIにも「栄誉賞」が贈られた

サンベルナルド・ド・カンポ市の授与式。SGIの音楽隊・鼓笛隊・合唱団の熱演にも喝采が

広宣の王者ブラジルの大発展を見守る池田SGI会長夫妻。敬愛するブラジルの友と共に、平和と幸福の大道を!
創価の平和・文化・教育の運動に、ブラジルで賞讃の声が高まっている。サンパウロ州のジアデマ市からは、三代会長と香峯子夫人に「栄誉賞」が授与された。同州サンベルナルド・ド・カンポ市からは、池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に顕彰状が贈られた。(ただし、写真は使い回しであった…)
-------------------------
必ずと言っていいほど、創価学会が活躍しているところ、
また名誉を与える場所では大災害が起きています。
これを「依正不二」以外の何がありましょうか?

阪神淡路大震災にしても、数多くの創価学会員が亡くなりました。
その時に池田大作は何をしていたのでしょうか?
ただハワイでふらふらと遊んでいただけです。
末端の会員だけが苦労を負わされていました。
池田大作が顔を出したのは、2月に入ってからでした。
この空白の期間は一体何なんでしょうか?



新年に入ってからも、まったく池田大作の「いきいき」とした顔写真を見る事はなくなりました。
去年の5月から表に顔を出すことが出来なくなったセンセーに、
どうして心穏やかに待ち望めるでしょうか?
これは先に挙げた通り、御本尊を「物」として扱った報いです。
これ以外の、いったい何の病気がありましょうか?
現に罰が現れています。
これを機に本人も学会員も間違った教えを捨てれば良いのですが…。


そういえば、昨日は公明党候補者がわざわざ竜眼寺家に来ていましたよ。
まあ壮年部だから少しはまともだったのだろうけども、
これが婦人部であったら大変なことになっていました。
普段は竜眼寺家から避けているくせに、選挙だけにはふてぶてしく訪問してくるんだから…。



これからの記事は、不定期で『立正安国論』について考察していこうと思います。
なぜ不幸になるのか。
その疑問が『立正安国論』に説かれているからです。

一切の不幸の根源は、間違った教えによるものである。

これだけは間違いなく話せる。
今も昔も、その根本は変わらない。



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徒然にバトン [独言]

ライクさんより、自己申告で受け取りました。


1、仲のいい友人とショッピング中、友人A「この服どう思う?けっこういいと思うんだけど♪」明らかに似合わないと思ったあなた、何て言う?
=他のものを見てみようぜ。
  

2、仲のいい友人がこう言った。「Bってむかつくよね~!そう思わない?」
  Bとも仲のいいあなた、何て言う?
=良いところも見ようぜ。


3、友人Cからメールが!「彼女(彼氏)にふられちゃった…もう立ち直れない…」
  一通目はなんて返す?
=また良いご縁があるさ、今は前へ進め、明日を見つめてな。


4、好きなDさん(君)にこう言われた。
  「私(俺)E君(さん)のこと気になってるんだけど、E君(さん)ってどんな人なのかな?」
  E君(さん)と仲がいいあなた、E君(さん)もDさん(君)を気に入っている、何て答える?
=良い奴に決まってるだろォ!?


5、彼女(彼氏)が腕によりをかけて作ってくれた料理。まずい…。
  「どう?」って聞かれた、何て答える?
=心のこもった手料理で嬉しいよ。次からは二人で作ろうっか?


6、大好きだった同性の先輩がいよいよ卒業。色紙を渡すことに、何て書く?
=御世話になりました!


7、大好きだった異性の先輩もいよいよ卒業。色紙を渡すことに、何て書く?
=先輩に会えてよかった!


8、直接会って告白された、断りたい、何て答える?
=オレのことを好きになってくれて、すごく嬉しい。
  だけど、俺にも、君とおなじ想いで居る人がいるんだ。
  ありがとう。


9、このバトンを回すのは?
= ご自由に。





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東京国立博物館 169 [東京国立博物館]

「名所江戸百景・神田紺屋町」 歌川広重筆 江戸時代・安政4年(1857)

SANY1609.JPG


染物の町・神田紺屋町の風景です。源氏車や市松模様の浴衣地とともに、画面中央には広重や版元などの名前も さりげなく描かれています。絵の具をつけずに和紙を摺り、エンボス加工を施す空摺(からずり)という技法も使われています。(楽天より)

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不忍池にスカイツリー [独言]

110113_1106~01.jpg


先日やっと学生証と免許証を再交付…。
そのついでに上野を通過する際にちょこっと撮りました。
ここまで高いとはねェ。

けど、「業平橋」から「とうきょうスカイツリー駅」に変わってしまったのが残念ですね。
個人的には古典の世界が好きなので、在原業平の名を残してほしかったかな。

ではでは。

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「君に会うために来たんだ!」 [恋愛]

別に記事のタイトルは気にしないでください。(笑)

先週で『源氏物語』のゼミ全員の発表が終わりました。
あっという間に終わってしまいましたね。
今週は講義になるだろうけど、早く切り上げそうな予感が…。
K教授の楽しい解説も終わってしまうのも惜しいです。

『源氏物語』に登場する人たちの名って本当にいいですよね。
「藤壺」だとか「紫上」とか「夕顔」とか「葵」に「朧月夜」「浮舟」その他諸々。
女性では「六条御息所」が人気あるそうですね。
分からなくはないですよ。
個人的に結構同情しているキャラなので。(笑)
でも、男性は断然「夕顔」が一番なのでしょう。
六条御息所は「重たい」が理由で男性からは人気ありません。

本文
いと青やかなる葛の心地よげに這ひかかれるに、白き花ぞ、おのれひとり笑みの眉開けたる。

なんかとても官能的なものを感じません?

現代語訳(渋谷栄一先生より)
とても青々とした蔓草が気持ちよさそうに這いまつわっているところに、白い花が、自分ひとり微笑んで咲いている。

まさに夜の世界へといざなわんとする描写。
男性にとっては抑えがたい好奇心がここに在るように思えます。(爆)
この文章は本当に上手なんだわ。

本文
白き袷、薄色のなよよかなるを重ねて、はなやかならぬ姿、いとらうたげにあえかなる心地して、そこと取り立ててすぐれたることもなけれど、細やかにたをたをとして、ものうち言ひたるけはひ、「あな、心苦し」と、ただいとらうたく見ゆ。

現代語訳(同上)
白い袷、薄紫色の柔らかい衣を重ね着て、地味な姿態は、とてもかわいらしげに華奢な感じがして、どこそこと取り立てて優れた所はないが、か細くしなやかな感じがして、何かちょっと言った感じは、「ああ、いじらしい」と、ただもうかわいく思われる。

ここもスゴイ写実的な箇所なんですね。
ってか、男性が最も理想としている女性のかわいらしさをうまく表現されている。
やっぱり弱弱しいところ、華奢なところが好きなんでしょうね。
楊貴妃なんかも、侍女に助け起こされながらなよなよと立ち上がる姿で
玄宗の寵愛を受けたと云うから、こういった所に典拠しているのかなっと感じます。


恋愛事情はこれだけじゃない。

「手習」では浮舟が入水に失敗して僧侶に助けられ、
薫と匂宮との関係を「手習」しながら述懐する場面がある。
薫は誠実(?)な人だったけど、匂宮は情熱な人だった。
匂宮は皇子であるにもかかわらず
「君に会うために来たんだ!」
と言ってきて自分に会いに来た事に突き動かされた等々と回想する。

この辺が『恋空』の元ネタなんだろうなぁっと思っています。
(あんな低俗に高尚な源氏物語を依拠として欲しくないのですが…)

てなわけで、K教授はこれを見習って成就しなさい!っと話していました。
「ああすれば今の結婚生活は充実していたでしょう」
とか言っていましたね。
そこで学生が、
「それじゃあ、先生の奥さんって源氏キャラではなんですか?」
と来て、
「…それはこれと話は別ですよ~」
と返答していました。

まあ、そりゃあ、そうだわな。(苦笑)

そんなこんなで、あしたで『源氏物語』ゼミは終わります。
お疲れさまでした~!!



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