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つれづれ心理テスト [独言]

あついですね~。
スイカが一玉3000円以上だなんて、ニュースで聞くまで知らなかったですね。
そしてアメリカ産のスイカのキャンペーンが…。
文字通り、キャンペンガールもスイカ……。
色々な外国産のフルーツを食べてみたけど、なじみのある国産のほうがおいしく感じるんですよね。

21540.jpg

夏の風物詩の台頭はマンゴーという事で[るんるん]
なかなかおいしかったです[ぴかぴか(新しい)]


※試験で頭脳をフル回転したので、しばらく充電期間にしたいです…。


問題 ここに、魔法の薬があります。いったい、どんな味がする?


A あまい


B にがい


C すっぱい


D 無味無臭



じゃあ、Aのあまいので。










































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タグ:心理テスト
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ようやく夏休み&最近買った本 [独言]

先日、卒論のサブタイトルと目次をK教授に見てみらいました。
面接はわずか5分で終了…[たらーっ(汗)]

これって見込みなし?
まあいいや、とにかく卒論の準備材料にOKが出たので、これからが本番です。
女性と物の怪を中心に『源氏物語』の謎について考察していきます。
今でもすごくドキドキしていますね[ぴかぴか(新しい)]
自分の好きな作品が好きなように論じることができるので[るんるん]



てなわけで、最近買った本を。


たけみつ教授の密教と呪術が動かした日本史 (リイド文庫)

たけみつ教授の密教と呪術が動かした日本史 (リイド文庫)

  • 作者: 武光 誠
  • 出版社/メーカー: リイド社
  • 発売日: 2007/02
  • メディア: 文庫



伊勢神宮 (講談社学術文庫)

伊勢神宮 (講談社学術文庫)

  • 作者: 所 功
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1993/04/05
  • メディア: ペーパーバック



継体天皇の謎―古代史最大の秘密を握る大王の正体 (PHP文庫)

継体天皇の謎―古代史最大の秘密を握る大王の正体 (PHP文庫)

  • 作者: 関 裕二
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2004/11
  • メディア: 文庫



聖徳太子の秘密 「聖者伝説」に隠された実像に迫る (PHP文庫)

聖徳太子の秘密 「聖者伝説」に隠された実像に迫る (PHP文庫)

  • 作者: 関 裕二
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2005/08/02
  • メディア: 文庫



日本神話と古代国家 (講談社学術文庫)

日本神話と古代国家 (講談社学術文庫)

  • 作者: 直木 孝次郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1990/06/05
  • メディア: 文庫



無意識の構造 (中公新書 (481))

無意識の構造 (中公新書 (481))

  • 作者: 河合 隼雄
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 1977/01
  • メディア: 新書



死刑囚の記録 (中公新書 (565))

死刑囚の記録 (中公新書 (565))

  • 作者: 加賀 乙彦
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 1980/01
  • メディア: 新書



民族の世界地図 (文春新書)

民族の世界地図 (文春新書)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2000/05
  • メディア: 新書



神経内科―頭痛からパーキンソン病まで (岩波新書)

神経内科―頭痛からパーキンソン病まで (岩波新書)

  • 作者: 小長谷 正明
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1995/03/20
  • メディア: 新書



仏教 第2版 (岩波新書)

仏教 第2版 (岩波新書)

  • 作者: 渡辺 照宏
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1974/12/20
  • メディア: 新書



知っておきたい日本の皇室 (角川ソフィア文庫)

知っておきたい日本の皇室 (角川ソフィア文庫)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 角川学芸出版
  • 発売日: 2009/10/24
  • メディア: 文庫



あとは他の大学や大学院から発表された論文集・10冊以上ですね。



今回の卒論で一番力を入れたいのが、ウェーリー訳の「いとをかしげなる女」試論ですね。
日本語や英語などの文法が苦手なのですが、大学最後の記念として挑戦したいところです。
教授からも「面白そうだな」と注目されまして、ちょっと緊張気味。^^;
それに学術顧問として、ウェーリー訳の『源氏物語』で日本文学に興味を持たれ、
世界中に日本文学を発信されたドナルド・キーン先生もいるので、さらにプレッシャーが…。

そんなこんなですが、大学4年間で蓄積された知識・教養等を卒論で大いに発揮していきたいです。
ではでは。

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久々のバトンッ! [独言]

りおさんから受け取りました[ぴかぴか(新しい)]

試験前後(?)から「独言」ばかり多くて申し訳ないです。
自分のブログをどのように運用していくべきか、が今の悩みで(笑)、
ネタにもほとんど自分勝手な事ばかり書いてきたような…。
だけど、読者さまから嬉しい返事があって、また頑張れる気になりました。

こんな浅はかな自分ですが、これからも皆様とのお付き合いを、何卒よろしくお願いいたします。



経験したことがあるものには○  ないものには×をつける。

◆入院:○
かつてはぜんそくで入退院の繰り返し…。どんなに両親を心配させてしまった事か……。
前世は相当悪い行いをしたそうです。

◆骨折:×
打僕ならありますよ、原因不明の…。

◆献血:○
強制的にやらされました。

◆失神:×
ないけど、意識朦朧になって事故りそうになった事はあるけど。

◆結婚:×
これからですね。
早く落ち着きたいわ。

◆離婚:×
結婚してないからね。

◆しゃぶしゃぶ:○
2~3回くらい…だったかな。

◆エスカルゴ:×
ないない。OOOOOでしょ!?食べてみたいような無いような…。

◆万引き:○
ありますよ、思想が狂うと恐ろしいですね(当時は学会だった…)。

◆補導:×
サツと鬼ごっこを…って、おいおい。

◆女を殴る:×
女性に手を上げることは絶対にない。
兄妹の兄弟げんかでそれを制した事があるけど、けんかって良い事なんだか悪い事なんだか…。

◆男を殴る:○
グレてた頃なら…。今はしないですね、自分の身の危険を感じた時以外は。

◆海外旅行:×
いつかローマに行きたい。

◆ギター:○
友達のを借りてオリジナル曲を披露…したが、その後は挫折。 

◆ピアノ:○
やってたけど、指がゴッついので無理でした。(苦笑)

◆メガネ:○
直射日光で視力落ちましたね。(笑)
小さなお子様がいる方は、ちゃんと注意してあげてください。

◆コンタクト:×
面倒くさいから。

◆テレビ出演:○
しょっちゅうロケに出没していますよ、否応なしに。
何でこんなに出くわしてしまうのか知りたいよ!!

◆ライヴ出演:○
いや、ゲスト出演?

◆北海道:○
出身地なので。
従兄弟の結婚式以来、10年以上は行ってないですねぇ。
次行く時は函館・五稜郭の見学でもしようかな。土方歳三の最期の地を訪ねて…。

◆沖縄:×
相当な覚悟がないといけないですね…。

◆四国:×
あまり縁がないようで…。

◆大阪:×
関西方面、どうしてもダメなんだわ。
よく分からないけど、血のにおいがするから…。

◆エスカレーターを逆走:○
おかげでマーク付けられたり…。

◆交通事故:○
高校の頃、いや、あの辺はいつも危険なドライバーがいるからなぁ。
当て逃げ多発地帯に住んでいます…。

◆ラヴレターをもらう:○
ありますよぉ…。
ヴァレンタインデーの時に……。
なんか逆に人目があって恥ずかしかったな。

◆手術:×
そこまでは無い。

◆徒競走で一位:?
断トツでしたね。
リレー選抜にも選ばれました。

◆リレーの選手:○
そして地元の陸上大会へ…。
あの頃が懐かしいわ。
中学の頃に左足首を壊してしまったので、今は負担かけないように注意している。

◆2メートル以上の高さから落ちる:○
落ちたというより、飛び降りたのほうが正しいですね。
小さい時って本当に怖いもの知らずだったから、高い所から飛び降りても平気だったんだよね。
今はさすがに、いや、スリルを求めてやってしまう時もあるけど…。

◆コミケ:×
行きたいけど、その時間がない。

◆ディズニーランド:○
又いつか行きたいですね。

◆スキー:×
高校の頃に、テニス部の野外活動として(って、テニスはどうしたんだよ!?)、
地方のスキー場を使うのが例年だったけど、そこが潰れてしまったので…。

◆異性に告白:○
ありますよぉ。
どうなったか知りたい?
何度かアタックして撃沈。(爆)
ダメ元での告白は通じないのでしょうかねぇ。
若いから出来たんだろうけど、今はそんなに若くないから…。(苦笑)

◆同性から告白される:×
ないから、絶対にないから!

◆進研ゼミ:○
小学一年生だけならね。

◆親を殴る:×
あったらとんでもない。

◆ケーキを焼く:○
というより、ホットケーキ作ろうとして、なぜかクレープができた奇跡がある。(笑)
甘いのが好きだけど、ビター系はもっと好きです!

◆怪我痕:○
たくさんありますよ。
右手の甲にはガラスの破片で刺さった後があるし、
自傷行為に及んだ後も薄っすら…。
自分の体を傷つけるのは絶対にやめましょう。

◆ピンポンダッシュ:○
何回かはね。

◆同人誌:○
暇だったのと、インスピレーションの為にも…。



以上です!
あとはフリー、そしてスルーも可。





そういえば、作品を書く機会が少なくて、机に向かって作業をすることも少なくなりました。
そのせいで漢字も忘れ始めて…。
あの時はかなりショックでした。
やはり作品でも日記でも何でもいいから、ペンを持ってノートに書く大切さを思い知った出来事だった。

この夏休みは、かなり時間を有効活用しないと、後悔ばかりしてしまいそう。
時間管理を徹底しないとな。


ではでは。

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『源氏物語』「夕顔」 四 [大学]

まずは大学で配ったレジュメを…。

-------------------------------
【Ⅰ】本文
① たとしへなく静かなる夕の空をながめた②まひて、奥のかたは暗うものむつかしと、③女は思ひたれば、端の簾を上げて添ひ臥し④たまへり。夕ばえを見かはして、女も、か⑤かるありさまを思ひのほかにあやしきここ⑥ちはしながら、よろづの嘆き忘れて、すこ⑦しうちとけゆくけしき、いとらうたし。つ⑧と御かたはらに添ひ暮らして、ものをいと⑨恐ろしと思ひたるさま、若う心苦し。格子⑩疾くおろしたまひて、大殿油参らせて、「な⑪ごりなくなりにたる御ありさまにて、なほ⑫心のうちの隔て残したまへるなむつらき」⑬と、うらみたまふ。
⑭ 内裏にかに求めさせたまふらむを、いづ⑮こに尋ぬらむと、おぼしやりて、かつはあ⑯やしの心や、六条わたりにも、いかに思ひ⑰乱れたまふらむ、うらみられむに、苦しう⑱ことわりなりと、いとほしき筋は、まづ思⑲ひきこえたまふ。何心もなきさしむかひを、⑳あはれとおぼすままに、あまり心深く、見
○21る人も苦しき御ありさまを、すこし取り捨○22てばや、と思ひくらべられたまひける。
  (新潮日本古典集成Ⅰ一四七~一四八頁)

【Ⅱ】現代語訳
 譬えようのないほどの静かな夕べの空を(源氏は)お眺めになって、奥の方は暗く何となく気味が悪いと、女は思っているので、端の簾を上げて添い寝していらっしゃる。夕明かりに浮かぶお互いの顔を見交わして、女も、このような事になったのを意外と不思議な気持ちがする一方で、すべての悲しみを忘れて、少しずつ打ち解けていく様子は、とても愛らしい。(夕顔は)ぴったりとお側に一日中添ったままで、何かをとても怖がっている様子は、あどけなくいじらしい。格子を早くおろしになって、大殿油を点けさせて、(源氏)「すっかり深い仲となったご様子でいて、相変わらず心の中に隠し事をなさっているのが辛い」と、お恨みになる。
 「帝はどんなにお探しになっているだろうから(お使いは)どこを探しているだろうか」と、(源氏は)思いをおはせになって、一方では、「(偶然に知り合った身分の低い女にここまで心を奪われるとは)我ながらおかしなことだ。六条のお方も、どんなに思い悩んでいらっしゃるだろう、怨まれる事も辛い事だし無理もない」と、すまないと思う事にかけては、まっさきにこの方(六条の女君)の事を念頭にお浮かべになる。おっとりと坐っている目の前の女を、かわいいと思うままに、(六条の女君が)あまり思慮深くて、相手の男も息が詰まるような重苦しいところを、少しなくしたいと、(源氏は)ついご比較されるのであった。
 
【Ⅲ】校異
御 御物本 横 横山本 爲 爲家本
池 池田本 大 大島本 肖 肖柏本
榊 榊原家本 三 三條西家本
            ※爲家本該当ナシ

②おくのかたは 池 おくのかたは
③女は    肖 三 女
⑧御かたはらにそひくらして
御 かたわらにそいくらして(ひふして)
大 御かたはらに(にそひくらして)
⑩おほとなふら 御 肖 三 御となあふら
⑩まいらせて 御 まいとて
⑪御ありさまにて 御 御ありさまにそ
⑫心のうちの 御 心の中の
⑧いつこに 御 肖 三 いつくに
      池 いつく(こ)にか
⑨六條はたりにも 御 横 榊 池 肖 三 
         六条わたりにも
⑩たまふらん 御 給らんと

【Ⅳ】注釈
大 新日本古典文学大系
全 日本古典文学全集

②暗うものむつかりと、女は思ひたければ
 大 薄暗くなんだか気が詰まりそうだ、と女が思っているので。源氏から見る女の様子。
③端の簾
全 簀子と廂との境の御簾。
④夕ばえを見かわして
 大 夕光に映える二人の顔の美しさ。
 全 夕方の薄明の中に浮かぶ互いの顔の美しさ。
⑧ものをいと恐ろしと思ひたるさま
 大 女が何かに追い詰められている危険を源氏は分からないままでいる。
 全 女の恐怖感は、時間がたつにつれて、「もの恐ろしう凄げ」「ものむつかし」「いと恐ろし」と、その度が高じてゆく。
⑨格子
 全 蔀格子。蔀は格子の裏に板を張ったもの。半蔀は、蔀の上部半分だけで、外上方に釣鉤でつるし上げ、あるいは、突き上げ棒で押し上げ、窓のようにする。
⑩なごりなくなりにたる御ありさまにて
 全 余すところなくお互いに知り合ってしまった仲になりながら。
⑫隔て残し
 全 女が依然として素性を明かさないこと。
⑭内裏にいかに求めさせたまふらむと
 大 帝にはどんなにかお捜しあそばしていることであろうから、いまごろは(人々は)どこいらへんを捜索していることであろうかと。
 全 「求む」は捜し求める意。「させたまふ」は最上の敬語。
⑮かつはあやしの心や
 大 一方では、わが心ながら訳がわからないよ、六条辺りのおん方にしてもどんなに心乱れておられるころであろう、恨みごとを言われるとしたらそれはつらくもまたもっともなことでもある、と。
 全 このような女に、これほど心を奪われるとはわが心ながらわからない。
⑲何心もなきさしむかひを
 大 (夕顔の女が)無心に差し向かいでいるのをいとしくお思いになるのに任せて、比べて(六条辺りの女の)あまりに情が深く、相手も息苦しくなるおんありさまを少々取り除きたい、と。年上の女を思い浮かべて疚しい気持がする源氏の心理に、食い入るかのように、以下の怪奇な現象が起きる。
 全 源氏の目に映る夕顔はただ無心であどけない。源氏には、女が内心「よろづの嘆き」をもっていることはわかっていない。
○21御ありさまを
 全 六条御息所の性格。

【Ⅴ】古注釈
花 花鳥余情 岷 岷江入楚 湖 湖月抄
弄 弄花抄  孟 孟津抄  細 細流抄

①たとしへなく
岷 秘何かしの院のさま思ひやるへし。
  箋たとへんかたなき也 河原院のさま                  
  也。
細 なにかしの院のさま思ひやるへし。
②おくのかたはくらう
 岷 聞書ひろき所の奥よりくらく成躰也
④夕はへを。
 岷 箋聞源氏と夕顔との夕はへを互にみか
   はし給ふ也。 箋曰先達不庶幾之詞也
⑤思ひの外にあやしき
 岷 夕 の心也何共お((を))ちつかぬ心かする
   也。
⑥なけき忘れて
 岷 源のすくれたる御さまに物思・((ひ))も忘
   る々也。
⑥すこしうちとけ行
 岷 箋曰心はみたるかたをそへたらはと上
   詞にいへり此段にてよく分別をくはへへ(「る歟」)し心あさき人にはあらす。
 湖 かみにうちたのむさまなどいへるは、
   夕顔の天性の様也ここにいへるはまこ
   とに漸うちとけゆくなるべし。
⑦つと御かたはらに
 岷 夕 の物おそろしく思ひて源の御あた
   りをつとはなれぬ也 河集日本―。
 孟 集ツト 日本紀。
⑨心くるし
 岷 源の夕 を心くるしく思ふ也。
⑨かうしとくおろし
岷 おくよりくらく成たる故也物おそろし
  くおもへれは也。
⑩なこりなく成にたる
 岷 秘源の我はあらはし侍るを猶心のへた
   て有けると恨み給也 聞書顔をかくし
   給へる名残もなくうちとけ給也。
 湖 源氏いままであらはし給はざりし名残
   もなくうちとけ給也。
 細 源の我はあらはし侍を心のへたてあり
   けるとうらみ給也。
 孟 これ程無等閑にと源の恨給也ありさま
   にて切てよむへし。
⑪猶心のうち
 岷 夕 の名かくしを源のうらむる也。
⑭うちにいかにもとめ
 岷 秘禁中に源を尋給ふへきをおほしやる
   也。
   源いまた殿上人にておはす殿上の上日
   とて昼夜奉公する也それを毎月付置て
   其労にて官位をも成也昼を上日と云夜
   を上夜と云又は宿直とも云源は別して
   みかとの御鐘愛なれは尋ねさせ給ふへ
   き也。
 細 禁中に尋給へきよし也。
⑯六条わたりにも
 弄 源氏((ナシ))の思出し給ふを便にて霊も通し
   也。
⑯いかにおもひみだれ
 湖 夕顔ゆゑに久しく御息所へ音づれ給は
   ねばなり。
⑰うらみられんに
 岷 箋曰源の心に思ひしり給ふはよく〱
   月日をへたて給へる成へし。
⑱いとおしきすちは
 岷 秘六条御息所の事也。
 細 六条御息所の事也。
⑲何心もなき
 岷 夕 のさまを源のおほす心也。
 細 此夕顔上のあまりにおほとけたると御
   息所のうちとけさりしをゆつろへたき
   と源の思くらへ給也かく思給たより得
   て霊を通するにや。
 孟 夕顔の躰のほけ〱としたると源の御
   心なり。
⑳あまり心ふかくみる人くるしき御もてなし
 花 これは六条御息所の事也源氏の君の思
   くらへ給へるによりて邪気になれるに
   や。
 孟 御息所の心のあまりにふかきと夕 の
   何心もなきとをとりあはせはやと源心
   也。
○22おもひくらへ
 岷 秘箋夕 のあまりおほときてさしむか
   ひの心安きとは御息所の心深くとり苦
   しき心を思ひくらへて互にとり捨てた
   く思・((ひ))捨((給))て也此念慮通して便りを得
   て霊も出現せるにや。
私云とり捨はやとはのけつくはへつ也。
用捨也 花同之
-------------------------------





という事で、いよいよ例の事件が起きる直前の場面です。
夕時となったので辺りが暗くなり、夕顔が奥に潜む「何か」に怯えているのを、
源氏はすぐに簾を上げて安心させようとする。
夕顔が怯えているのは、いわば本能的な直感であろう。
暗闇の中でじっと誰かが覗いているように感じたのだろうか。
そういった光と影のコントラストを作者はうまく取り入れている。
面白いのは、このような状態でも夕顔は源氏と愛欲を重ねていることでしょう。
だから、奥にじっといる誰かは嫉妬に狂っていたのかもしれません。


女も、かかるありさまを、思ひのほかにあやしき心地はしながら、
よろづの嘆き忘れて、すこしうちとけゆく気色、いとらうたし

(女も、このような事になったのを意外と不思議な気持ちがする一方で、
すべての悲しみを忘れて、少しずつ打ち解けていく様子は、とても愛らしい)


これをどう解釈するべきか悩むところだけど、源氏の独りよがりの夕顔の姿とみるべきかもしれない。
若さゆえの過ち…。
不思議なことに、なぜか夕顔の心情をあらわす言葉は少ない。
なので自然とミステリアスな女性の印象が濃くなり、まさに幻想の中の住人のような人だ。
しかし、後になって夕顔が故三位中将の娘であることが分かり、
ミステリアスの方向は例の事件へと焦点があてられる。

その日一日中、二人は寄りそって色々として過ごした後、
源氏は彼女の素性を知りたくて、


名残りなくなりにたる御ありさまにて、なほ心のうちの隔て残したまへるなむつらき

(すっかり深い仲となったご様子でいて、相変わらず心の中に隠し事をなさっているのが辛い)


と、恨み事を述べる。
前回で源氏が自分自身の正体を明かし、しびれを切らして夕顔にも正体を明かすように迫る。
しかし、既に彼に絶望していた彼女は最後まで自身を明かす事は無かった。
言霊信仰と関わり合いがあるのか分からないけど、人知れず世を去りたかったのだろうか?
父親が存命であれば、今ごろ宮中に上がって幸せをつかんでいたのかも知れない。
だが今は没落して源氏に望みを掛けていたが、
それも、もはや叶う事は無い、とでも思いつめていたのだろうか。

源氏はその後に、夕顔と六条の御息所を比較する。


「 あやしの心や。 六条わたりにも、 いかに思ひ乱れたまふらむ。
恨みられむに、苦しう、ことわりなり」と、いとほしき筋は、まづ思ひきこえたまふ。
何心もなきさしむかひを、あはれと思すままに、
「 あまり心深く、見る人も苦しき御ありさまを、すこし取り捨てばや」と、 思ひ比べられたまひける。

「不思議な気持ちだ。六条辺りでも、どんなにお思い悩んでいらっしゃることだろう。
怨まれることも、辛いことだし、もっともなことだ」と、おいたわしい方としては、
まっさきにお思い出し申し上げなさる。
無心に向かい合って座っているのを、かわいいとお思いになるにつれて、
「あまり思慮深く、対座する者までが息が詰るようなご様子を、少し取り除きたいものだ」
と、ついご比較されるのであった。


これが例の事件の直前の描写であり、夕顔を取り殺したのは六条御息所であるとするのが強い。
しかし最近の研究では、何ら面識もない人を物の怪になって取り殺すのはおかしいとし、
実は六条御息所の血縁関係者の霊が取り殺したのではないかという発表がある。
それはともかく、源氏が潜在的に意識的に二人を比較したのは間違いないであろう。
この意識の活動が、物の怪を発動させた可能性はある。


宵過ぐるほど、すこし 寝入りたまへるに、御枕上に、いとをかしげなる女ゐて、
「 己がいとめでたしと見たてまつるをば、尋ね思ほさで、かく、
ことなることなき人を率ておはして、時めかしたまふこそ、いとめざましくつらけれ」
とて、 この御かたはらの人をかき起こさむとす、 と見たまふ。

宵を過ぎるころ、少し寝入りなさった頃に、おん枕上に、とても美しそうな女が座って、
「わたしがあなたをとても素晴らしいとお慕い申し上げているそのわたしには、
お訪ねもなさらず、このような、特に優れたところもない女を連れていらっしゃって、
おかわいがりになさるのは、まことに癪にさわり辛い」
と言って、自分のお側の人を引き起こそうとしているる、と御覧になる。


ここで闇が深まり、眠りに就いていた中で美しい女性が恨み事を述べて
夕顔に襲いかかるのを源氏が夢を見てハッと目が覚める。
この「夢」が重要なのではないだろうか。
直接見たのではなく、夢の中でそういった光景を見る。
目を覚ますと、なんと火が消えていた。
唯一の明かりが無くなった今、その場を支配しているのは物の怪たちである。
源氏は太刀を引き抜いて夕顔の側に置き、侍女の右近を起こしにいく。
ここが分かれ目だったのでしょう。
魔除けの役割を持つ太刀といえども、「光源氏」がいなければ効力は無かったのだ。
その名の通り、「光」が彼女から離れていったために、夕顔は命を落としてしまった。
ここが『伊勢物語』の「芥川」との流れがあると思っている。
もちろん、八月十五日の翌日でもあるので『竹取物語』の影響もある。
かぐや姫が月へ迎えられた八月十五日、物の怪に関わった者が死ぬのも八月十五日前後であった。
こういった謎も、卒論の題材になる。

右近を起こし、また家来を呼ぶために手を叩くのだが、
ほとんど誰もいないので手を叩いた音が不気味にこだましている。
西の妻戸に出ると、渡殿の火さえ消えていた。
完全に闇が支配しているのである(遮断された世界、異界)。
一番頼りになる惟光はすでに帰ってしまい、滝口の武者が管理人の居るところへ行く。
しかしまだ夜も更けていない。長い長い夜が、源氏を孤立させる。

戻ってみると、夕顔はまだ臥せていたままだった。


「 そよ。などかうは」とて、かい探りたまふに、息もせず。引き動かしたまへど、
なよなよとして、我にもあらぬさまなれば、
「 いといたく若びたる人にて、 物にけどられぬるなめり」と、せむかたなき心地したまふ。

「そうだ。どうしてこんなに」と言って、探って御覧になると、息もしていない。揺すって御覧になるが、
ぐったりとして、正体もない様子なので、
「ほんとうにひどく子供じみた人なので、魔性のものに魅入られてしまったらしい」
と、なすべき方法もない気がなさる。


ようやく明かりが運ばれ、源氏は夕顔の様子をもって見るため滝口に「もっと側へ来い」という。
家来が主人の寝所の近くまで来ることはあり得ないが、
それくらい源氏は心配でたまらなかったのであろう。
明かりが近づいて様子が分かってくると、その瞬間、枕上に夢で見た女性がパッと現れ、
そしてスッと消えていった。
恐らくは止めを刺しに来たのだろう。

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「昔の物語などにこそ、かかる ことは聞け」と、いとめづらかにむくつけけれど、まづ、「 この人いかになりぬるぞ」と思ほす心騒ぎに、 身の上も知られたまはず、添ひ臥して、「やや」と、おどろかしたまへど、ただ冷えに冷え入りて、息は疾く絶え果てにけり。言はむかたなし。頼もしく、いかにと言ひ触れたまふべき人もなし。法師などをこそは、かかる方の頼もしきものには 思すべけれど。

「昔の物語などに、このようなことは聞くけれど」と、まことに珍しく気味悪いが、まず、「この女はどのようになったのか」とお思いになる不安に、わが身の上の危険もお顧みにならず、添い臥して、「もし、もし」と、お起こしになるが、すっかりもう冷たくなっていて、息はとっくにこと切れてしまっていたのであった。どうすることもできない。頼りになる、どうしたらよいかとご相談できるような方もいない。法師などは、このような時の頼みになる人とはお思いになるが。


とうとう、夕顔は息を引き取ったのである。

(続く?)

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心理テスト 恋愛篇 [ブログ]

問題 聞き覚えのあるラブソングが流れてきました。さて、それはどれくらい前に流行った曲?


A 今、一番売れている曲


B 1年くらい前に流行った曲


C 2、3年前に流行った曲


D 5年以上前に流行った曲



そうですねぇ。
D の5年以上前に流行った曲かな。
今でも宇多田ヒカルの「First Love」が忘れられない。











































































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試験最終日!!! [独言]

やっと終わったぜぇぇぇぇぇぇぇえぇえぇぇえぇぇぇッ!
これで夏休みぃぃぃぃいぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃッ!!





な~んてね。
まだ夏休み前です[ふらふら]



「古典文法」
全部で5問、うち2問が論述だったので何とか切り抜けました。
文法って難しい[あせあせ(飛び散る汗)]
けど、動詞や形容詞・助動詞の活動と種類、その現代語への変化はしっかりと覚えてきました!
(って、当たり前の話だよな)
勉強して理解できれば楽しいけど、理解できないとメチャクチャ苦しい……。
やっぱり言語(日本語や英語等)に対して、脳が拒絶を起こしているのかな?

「中国仏教のあゆみ」
一番力を入れてしまった試験。
そのおかげで、燃え尽き症候群に陥りました…。
仏教が初めて仏教が伝わった所から、翻訳活動とその情勢、教学の発達を論ぜよとの問題なので、
あつ~く解答した結果、手が痛くなりました。
今の中国は仏教国ではないので(仮にそうだとしても、民族を押さえつけることしか無い)、
あのような事故でも平気で隠ぺいするんだろうなぁ…(組織体制は創価学会と共通していますが…)。

「インド仏教のあゆみ」
「中国~」に続く試験だったので、燃え尽きてしまった自分は頭の中が真っ白…。
と言いつつ、記憶をたどって講師が話していた内容を自分なりに整理して論じた。
簡単といえば簡単だったけど、宗派によって解釈が違うから…評価は微妙でしょう。
ここは自由に論じてもいいとは思うが…。


明日か明後日には、卒論のサブタイトルと目次をK教授に見てもらわなきゃいけない。
そうだなぁ。
サブタイトルは「女性の宿世 ~らうたし女と妬し女~」…。
つまり夕顔と六条御息所を中心に、女性の宿世、あるいは宿業を縦横無尽に論じてみたい。
やっぱり『源氏物語』のなかで一番共感してしまうのが、六条御息所。(笑)
昔から変わりませんね。
女性の中で最も女性らしいし、登場人物の中で断トツ強い個性を持つ人。
それに対して、夕顔はまさに男性の中で理想的な女性。
可愛らしげであるが、しかし男性へのテクニックも半端ない。
二人とも対照的だけど、ミステリアスな点においては共通していると思う。

なんか無難な感じ?
目次はその都度書き加えます。

卒論、完成して返却されたら、ブログに載せようかと思います[るんるん]
つたない論文ですが、乞う御期待[exclamation&question]



ではでは。

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心理テスト 恋愛篇 [ブログ]

問題 部屋の中から、終わった恋の思い出の品が出てきました。それは、どこにあった?


A クロゼットの中


B ベッドの下


C 本の間


D 旅行カバンの中



本の間ですかね。
どういうわけか分からないけど、本にはさむ癖がある…。
(って、なに自分の秘密をばらしてるわけ)



















































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試験四日目終了!!! [独言]

残すところ、あと3教科ですべての試験が終わるぞォ[グッド(上向き矢印)]
夏休みに入ったら(いろんな意味で)リア充爆発させるぜぇぇえぇぇぇええぇぇぇ!!


「経済学(統計学)」
う~ん、問題をよく読んで理解するまで時間が掛かった…。
文章問題ってどうも苦手。
単純に計算問題が出ていればラクなのになぁ。

「西洋法制史」
まさかの聞き間違いであまり勉強していなかったけど、記憶を頼りに論述しましたよ。
意外と長文で法例を挙げることができ、ここでも妙なところに才能が発揮され、ちょっと戸惑う…。
だけど、自分の好きなローマがあったから書けたんだろうねぇ(ギリシャも好きだけど)。
しかし、やっぱりカエサルってカッコイイ[ぴかぴか(新しい)]

「日本仏教のあゆみ」
チョー余裕で終わる…はずだった。
30分で終わるかと思いきや、言葉の綾にだまされてのんびり書いていくと、60分後に退室OKって…。
90分までと勘違いした自分が悪い……。
まあ、重要な点だけを集中的に論じたから大丈夫だろう、たぶん。

「万葉文化論」
試験会場でたまたま周囲の話し声が聞こえたんだけど、みんな古代に興味ないそうで…。
時代がかなり隔たっているけど、古代だからこそロマンに満ち溢れている。
まだまだ定説に至っていない問題も多いので、卒論においても十分な題材になる。
自分も古代を取り入れながら、『源氏物語』の謎を解いてみようと思っています。

「室町文化論」
全30問、全問正解に多少自信がある……多少ね。
S教授は今年規模の大きい学会の研究に忙しいのと、話し出すと話題が止まらないので、
シラバス情報の通りにいくことはなく、話が脱線しています。
その方が個人的に歴史の多角視点に立つことができるから良いんだけど、真面目な人にはね…。



てなわけで、残りは「古典文法」「中国仏教のあゆみ」「インド仏教のあゆみ」です。
頑張っていきますか[exclamation&question]

落ち着いてきたら、みなさまのブログへ伺いに参ります。
しばしのご了承を。

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試験三日目終了…。 [独言]

なんかやる気が出てこなくなった。
って、緊張感が全然ない。
勉強よりも、考える事と見るモノに費やしてしまっている……[ふらふら]
ハハハッハ。('∀')

あと二日間で終わりだ!
夏休みは研究三昧だぞ!!
出会いなど全然気にしていなーい!!?

と言いつつ、「ホンマでっか」を見ていました。
モテる方法ねぇ。
あの内容から行けば、オレ様確実にモテまくりですよ!?
(っつーか、男性ホルモンがハンパないし、手相や俗信でも…って、おい)
「ふうん、なるほど、そういうことねぇ」
と軽い気持ちと疑いの目で見ていたわけだけど、
恋愛って、どんなふうに転がるか分からないんだよね!( *^皿^)
そこが面白い所なんだけど、ゆるくて危険な落とし穴でもある…。

さらにイギリス人・アメリカ人はお尻を、ヨーロッパは目を、
そして日本人は胸に注目すると…。
という事は、オレ様は日本人じゃなくてイギリス・アメリカ人だったのか…?
(もちろん個人差があるよね)
大丈夫、胸の大きさなんて全然気にしないから。
しかし、うんOのにおいがする綾瀬はるかっていう表現は失礼じゃない…。
(彼女のみならず、全世界の女性を敵に回しているような気がするが…)

浮気をしたがる男性は多いけど(女性も…?)、やっぱり火遊びは大やけどを起こしますよ。
いや本当に。
別に自分も浮気した事があるわけじゃないけど、
男女の恋愛において他者が入ると泥沼化して、思いがけない所に不幸を招いてしまう。
それが結局自分に返ってきて、EDになったり不健康な体になったり、
自分のこともが健全では無かったりと、色々とよくないことが起きてくるんですよ。
だから、絶対に浮気はしないと誓いを立てていますね。
(本当のことを言えば、女性の業ってものすごく悲しくて怖いから…)
もしくは、過去にそういう事をしたから、今はしないようにしているのかも[あせあせ(飛び散る汗)]

そうそう、最近買った本で『無意識の構造』を読んでいるんだけど、
読むたびに「あれ?これって自分のことじゃない?」と思う箇所がズラリ…。
まあ読者の間ではよく起きる心理だけど、
自分の場合は(性格にもよるんだろうけど)人の話を全く聞かない。(笑)
いや、トラウマがあって人を信じすぎるのも危険だと分かってるんだけど、
そういったトラウマで、人の話を理解することが難しくなっている。
いや、簡単にいえば、全然聞き取れない[がく~(落胆した顔)]
相性が良い人は聞き取れるんだけど、相性が全く合わない人には全然聞き取れなくなってしまう。
これも無意識に選別しているのか…?

最近は、曹操みたいな性格がはやっていますね(オレもそうだけど)。
その方が他人事で済むけど、あとあと自分が困った時には周りの助けがなくなるので注意しないと。
しかし『三国志』は面白い。
呂布ってあんなにイケメンだったっけ?
武骨なイメージしかないのは何故だろう…。
韓国時代劇『近肖古王』もクライマックスですね!
高句麗の王がどのように敗れるのか楽しみ。

たまにしか見ていないけど、「世界のコワ~イ女たち」は意外と面白い。
いや、面白いのは不適切だろう。
ただ「女性」という歴史に関心を持つ自分にとっては、たいへん勉強になる。
(そして、どういうわけかブラマヨがこの様なものに多いのは何故だろう…どうでもいいけど)
先々週の、盗賊の女王プーラン・デヴィの数奇な運命には、すごい衝撃があった。
いや、日本という(仮に)平和な国の外では、因習の根強い国もある。
そこの恋はまさに命がけであって、身分社会が強いほど困難さが伴う。
今週の「天城山心中事件」もそうでしたよね…。
もう涙が涙が……[たらーっ(汗)]
今じゃ、純愛もへったくれもない…。
果たして、現在の「純愛」とは何でしょうか。
最近は低俗レベルまでに落ちているから、とても「純愛」とは呼べないものばかり。
いつから堕落してしまったのでしょうかねぇ。

そうそうそうそう、TBSでの『荒川・アンダー・ザ・ブリッジ』の実写版って、意外と良い線いってます。
『美丘』に出演していた林遣都が出ているから、大丈夫でしょう。
他にも、とある人物以外はオリジナルに近い雰囲気で良かったのでは。

そういうことで、今日も試験がんばるゎ。o(`・ω・´)o

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試験初日終了… [独言]

やっと一日目終了…[ふらふら]

来週までラストスパートか。

「王朝文化論」
なんとか頑張りましたよ。
まさか3問中2問解いて良いとは…。
もちろん、単位を落とさないために全部答えてもよかったんだけど。
本気で3問全部を解いてしまいましたよ、解答用紙の枠をビッシリとね。
妙なところに才能が発揮するんだなぁ…。

「歴史の諸問題」
想像していた通りの漢文だらけ…。
漢字の意味だけ知っていれば楽だけど、文法は苦手ですね。
しかし、卑弥呼の字をみると『近肖古王』の邪馬台国の姫を思い出す。(笑)
なんか分からないけど、倭人のイメージがどんどん崩れてきました。

まあ、意外と調子良かったので、単位が落ちることはまずないと思います。
ではでは。
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『立正安国論』 第一段 「災害の来由」 壱 [立正安国論]

 始めに断っておくが、わたしが本書を考察することにいたったのは、決して東日本大震災が起きたからだという理由ではないことを明記しておく(本ブログを読んでいただいている方ならご存知であろう。考察の時期が大震災前である事は動かない証拠である)。変にオカルトとして捉えてもらいたくないだけでなく、的を外れた非難で罪障を積ませるわけにもいかないからだ。ご了承のうえ、拙い考察を一読していただきたい。




 立正安国論   文応元年七月一六日  三九歳

 旅客(りょかく)来たりて嘆(なげ)いて曰(いわ)く、近年より近日に至るまで、天変地夭(ちよう)・飢饉(ききん)・疫癘(えきれい)遍(あまね)く天下に満ち、広く地上に迸(はびこ)る。牛馬巷(ちまた)に斃(たお)れ、骸骨(がいこつ)路(みち)に充(み)てり。死を招くの輩(やから)既に大半に超え、之(これ)を悲しまざるの族(やから)敢(あ)へて一人(いちにん)も無し。
 然る間、或(あるい)は「利剣即是(りけんそくぜ)」の文を専らにして西土教主(さいどきょうしゅ)の名を唱へ、或は「衆病悉除(しゅびょうしつじょ)」の願を恃(たの)みて東方如来(とうほうにょらい)の経を誦し、或は「病即消滅・不老不死」の詞(ことば)を仰いで法華真実の妙文(みょうもん)を崇め、或は「七難即滅(しちなんそくめつ)・七福即生(しちふくそくしょう)」の句を信じて百座百講の儀を調(ととの)へ、有るは秘密真言の教に因(よ)って五瓶(ごびょう)の水を灑(そそ)ぎ、有るは坐禅入定(ざぜんにゅうじょう)の儀を全(まっと)うして空観(くうがん)の月を澄(す)まし、若(も)しくは七鬼神(しちきじん)の号を書して千門に押し、若しくは五大力(ごだいりき)の形を図して万戸(ばんこ)に懸(か)け、若しくは天神地祇(てんじんちぎ)を拝して四角四堺(しかくしかい)の祭祀(さいし)を企(くわだ)て、若しくは万民百姓(ばんみんひゃくしょう)を哀(あわ)れみて国主・国宰(こくさい)の徳政(とくせい)を行なふ。
 然(しか)りと雖(いえど)も唯(ただ)肝胆(かんたん)を摧(くだ)くのみにして弥(いよいよ)飢疫(きえき)に逼(せま)り、乞客(こつかく)目に溢(あふ)れ死人(しにん)眼(まなこ)に満てり。臥(ふ)せる屍(しかばね)を観(ものみ)と為(な)し、並べる尸(かばね)を橋と作(な)す。
 観(おもんみ)れば、夫(それ)、二離(じり)・璧(たま)を合はせ、五緯(ごい)・珠(たま)を連(つら)ぬ。三宝(さんぼう)世に在(いま)し、百王未(いまだ)だ窮(きわ)まらざるに、此(こ)の世早く哀(おとろ)へ、其(そ)の法何(なん)ぞ廃(すた)れたるや。是(こ)れ何(いか)なる禍(わざわい)に依(よ)り、是れ何なる誤(あやま)りに由(よ)るや。

 通釈

 旅客が来て嘆いて言うには、近年より近日に至るまで、天変地夭・飢饉・疫病があまねく天下に満ち、広く地上にはびこっている。牛馬はいたるところに死んでおり、その死骸(しがい)が道路いっぱいに充(み)ちている。すでに死亡した人々は大半をかぞえ、このような世相を悲しまぬ者はただの一人もいない。 
 そこで、あるいは、「阿弥陀(あみだ)の名号(みょうごう)は罪を除(のぞ)く利剣(りけん)である」との文を専一(せんいつ)に信じて、阿弥陀仏の名を唱え、あるいは、「すべての病が悉(ことごと)く除かれる」という文を信じて、薬師如来(やくしにょらい)の経を口ずさみ、あるいは、「病がたちまち消滅(しょうめつ)して不老不死の境涯(きょうがい)を得る」という詞(ことば)を信じて、法華経の経文を崇め、あるいは、「七難がたちまちのうちに滅(めっ)して七福を生ずる」という句を信じて、百人の法師(ほっし)が百ヶ所において仁王経(にんのうぎょう)を講ずる百座百講の儀式(ぎしき)を整え、またあるいは、「秘密真言の教えによって五つの瓶(かめ)に水を入れて祈祷(きとう)を行い、あるいは、坐禅(ざぜん)を組み入定(にゅうじょう)の形式ばかりを整えて空観(くうがん)にふけり、もしくは、七鬼神の名を書いて千軒の門に貼ってみたり、もしくは、悪魔を払うとされる五大力菩薩(ごだいりきぼさつ)の姿を画(えが)いて万戸(ばんこ)に掲(かか)げ、もしくは、天の神・地の神を拝(おが)んで、都や町の四方においてお祭りをし、あるいは、国王・国宰(こくさい)など時の為政者(いせいしゃ)が万民(ばんみん)を救済(きゅうさい)するために徳政を行(おこな)っている。
 しかしながら、ただ心を砕(くだ)くのみで、ますます飢饉や疫病がひどくなり、乞食(こじき)はあふれ、死人は満ちるばかりである。その有り様といえば、積み上げられた死骸(しがい)は、あたかも物見台(ものみだい)のようであり、すきまなく並べられた死骸は、まるで橋のようである。
 考えてみるに、太陽・月・五大星は平常通り天にある。仏法僧(ぶっぽうそう)の三宝(さんぼう)も厳然(げんぜん)と世におわし、また、かつて第五十一代平城(へいぜい)天皇の時に八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)の託宣(たくせん)があって、百代の王を守護(しゅご)すると誓(ちか)ったというが、いまだ百代にもなっていない。それなのにこの世は早くも衰(おとろ)えてしまい、世間の法は何故(なにゆえ)に廃(すた)れてしまったのか。これは、どのような禍(わざわ)いにより、またいかなる誤(あやま)りによって、生じた事なのであろうか。


 「旅客」とは、一応は安国論上奏の相手である時の最高権力者・最明寺入道こと北条時頼をさすが、総じて真実の正法を知らぬ謗法の大衆である。さらに言えば、われわれ一切衆生は悉く迷える旅客であり、その迷妄(めいもう)を破り教導あそばされる末法の御本仏・日蓮大聖人こそ唯一の主(あるじ)である。故に「日蓮、天上天下・一切衆生の主君なり、父母なり、師匠なり」。創価学会、日蓮宗、また日蓮系新興宗教は、この御文をよくよく拝すべきである。

 「近年より近日に至るまで」とは、一応は文字通りの意であるが、奥書に「正嘉(しょうか)に之(これ)を始めてより、文応元年に勘(かんが)へ畢(おわ)る」とあるように、正嘉元(一二五七)年から文応元(一二六〇)年までの四年間を指す。
 また正嘉元年の前年には大風・洪水・疫病が発生し、正嘉元年には大地震、翌年はふたたび大風さらに大雨が起こり、諸国の田園が亡失したと記録されている。次の正元(しょうげん)元年は春に大飢饉が起こり、それまでの様々な災害により穀物(こくもつ)が実らず、食べ物が不足して民衆が非常に飢えに苦しんでいた。さらに、それにしたがって大疫病が流行したという。

 「天変地夭」天変は天空に起こる変動で、暴風・雷・日食・月食など。地夭は地上に起こる変災で、地震など。自然界の変動によって起こる災害をいう。

 「飢饉」農作物が実らず、食物が欠乏(けつぼう)すること。

 「疫癘」疫病、伝染病のこと。

 「利剣即是」中国浄土宗の祖・善導(ぜんどう)が、その著書『般舟讃(はんしゅうさん)』の中で、煩悩・業・苦を断ち切る利剣は、西方安養(あんよう)浄土の弥陀(みだ)の名号を唱えることである、と説いたことをさす。つまり、南無阿弥陀仏と唱えることによって、様々な災難や煩悩とそれによる罪障がなくなるという意。

 「西土教主」阿弥陀如来のこと。浄土三部経に、阿弥陀は西方十万億土の教主である、と説かれていることから、このように称する。

 「衆病悉除の願」天台宗の祈祷。本願薬師経に説かれる、薬師如来が一切衆生の病気を治そうと立てた十二願の一つで、薬師如来の名号を聞けば、衆病を悉く除くというもの。

 「東方如来」薬師如来のこと。東方浄瑠璃(じょうるり)世界の仏である故、このように称する。

 「病即消滅・不老不死の詞」天台宗の祈祷。天台宗では、法華経薬王品第二十三の「此(こ)の経は則(すなわ)ち為(こ)れ閻浮提の人の病の良薬なり。若(も)し人病有らんに、是(こ)の経を聞くことを得ば、病即(すなわ)ち消滅して不老不死ならん」との文によって病魔退散を祈った。法華経は一代経中の真実経であるから「法華真実」と述べているが、それでも少しも効力がないと例証として挙げている。したがって、ただ単に法華経だけを唱えても災いのもとを断たなければ効力がないという意味が、ここに伏線として示されている。

 「七難即滅・七福即生の句」天台宗の祈祷。仁王般若経受持(じゅじ)品の「般若波羅密(はらみつ)を講讃(こうさん)すれば、七難即(すなわ)ち滅し七福即ち生じ、万姓(ばんせい)安楽にして帝王歓喜す」との文による。

 「百座百講の儀」これは昔、頂生(ちょうせい)王という悪王が、帝釈天王を追い出して三十三天(須弥山の頂上)の王になろうとしたことがあった。その難を防ぐために帝釈天王が、仏の教えにしたがって百人の法師を招(しょう)じ、百の講座を設けて般若経を講説したところ、その功徳によって頂生王が退散したという故事に由来する。
 この意から災害を払う儀式として、日本では斉明天皇のときに始まり、後に宮中の年中行事となった。鎮護国家・天下太平を祈る儀式。

 「五瓶の水」真言宗で災いを祓(はら)うために行った修法の一つ。五つの瓶に水を入れて、その水を修行者の頭に順々に注いていくというもの。また真言の僧侶が祈祷をする時に壇(だん)を作り、その上に中央に一つと四方に四つ、その瓶の中に五宝・五穀・五薬・五香というものを入れ、浄水をそこに注いで祈祷をする。

 「坐禅の入定の儀」禅宗の修行。端座して沈思黙念(ちんしもくねん)することにより、禅定(身口意の三業を止めて無心の境)に入り、悟りを得ること。

 「空観の月を澄まし」禅宗では、仏の説いた経典は月をさす指であり、その月とは心であるとする。そして坐禅観法によって、心に空観を悟るところが仏である、と立てる。そのことをさして、「空観の月を澄まし」といわれる。
 しかし、教えの本質である法華経を離れて、ただ精神統一したくらいで煩悩充満のありとあらゆる罪障が無くなるわけもなく、またその心が仏の境界として幸せな道に導かれる道理もない。如来の正しい禅を忘れて、我見の人師による祖師禅にとらわれているのを、大聖人は「禅天魔」と喝破あそばされている。「仏の所説に順(したが)わざる者有らば、当(まさ)に知るべし、是(こ)れ魔の眷属(けんぞく)なり」(涅槃経)。

 「七鬼神」却温神呪経(きゃくうんじんしゅきょう)にある、夢多難鬼(むたなんき)・阿伽尼鬼(あかにき)・尼伽尼鬼(にかにき)・阿伽那鬼(あかなき)・波羅尼鬼(はらにき)・阿毘羅鬼(あびらき)・婆提利鬼(ばだいりき)・の七鬼神のこと。この名を紙に書いて各門に貼れば、悪鬼が近寄らず、災いに侵(おか)されないと信じられていた。

 「五大力」仁王護国般若波羅密多経(にんのうごこくはんにゃはらみったきょう)に説かれる、五大力菩薩の略。金剛吼(こんごうく)・竜王吼(りゅうおうく)・無畏十力吼(むいじゅうりきく)・雷電吼(らいでんく)・無量力吼(むりょうりきく)のそれぞれの菩薩。この菩薩の画に書いて、門戸に貼ると災厄よけになると信じられた。

 「天神地祇」中国陰陽道や日本神道において立てる、天上にいる神と大地に住む神。「四角四堺の祭祀を企て」の箇所は、京都などの王宮のある場所で、御所を中心にして都の四隅のところに壇を作って鬼神を供養し結界を行う意。

 「国主・国宰の徳政」国王は天下の主で、国宰は一国の主。徳政とは、天皇や大臣、宰相等が自らの財産を貧民に施したり、借金を棒引きにさせるというような政令で、今日でいえば福祉政治がこれにあたるであろう。

 「肝胆を摧く」肝臓や胆のうなどの五臓六腑をもみ摧(くだ)くの意で、心を砕き、誠心を尽くすこと。

 「二離・璧を合はせ」二離とは並び連なる光明のことで、太陽と月のこと。璧(たま)を合わせとは、日月が平常通りに天にあって照らしていること。

 「五緯・珠を連ぬ」五緯とは、木星・火星・金星・水星・土星の五つの惑星のこと。珠を連ぬとは、星が紐(ひも)に連ねたように、平常通り並んで空に出ていること。

 「三宝」仏・法・僧の三宝のこと。ここで「三宝も世に在(いま)し」というのは、天台宗をはじめ、真言、念仏、禅宗等の仏教諸宗が、盛んに世の中で信仰されていることをさす。

 「百王未だ窮(きわ)まざるに」第五十一代平城天皇の世に、八幡大菩薩の託宣があり、百王を守護するとの誓いがあったといわれるが、この当時は、ようやく第九十代亀山天皇の代で、まだ百代になっていないのだから、八幡大菩薩の守護があるはずではないかと、との意。



 まず第一段の、客人からの質問である。
 客人は、この近年でいったい災害が至るところで人々を悩まし、日本全国の人口のおよそ半分が死に至ってしまった、その原因は何であろうか、と憂え嘆いているのである。記憶に新しい昨今の東日本大震災から今日で四年目を迎えた新潟中越地震、海外ではニュージーランド、ハイチ、チリ、中国等が地震で多くの方が犠牲となった。
 さらに、現代の最大の邪教である創価学会の私党・公明党が与党入りしてからの不可解な事件や事故、政治の混迷と政治不信を招いている。また外交の面においては中国との尖閣諸島問題、韓国との竹島問題、ロシアとの北方領土問題等が日本に圧力を掛けてきている。
 気象も「異常」が「普通」となりつつあり、ゲリラ豪雨から猛暑日まで、過去においても顕著に表れてくる現象は無かったではないか。
 様々な問題が山積する中で、もはや人として生きていく道すら見失いかけている。
 鎌倉時代と今と置き換えても、何ら変わることはない。

 果たして日本人は宗教に対して深い関心があるだろうか?
 普段は信仰心もないのに、何かが起きた時に限って神頼みし、終わった後で「義務を果たした」ばかりの表情がある。本当にそれでいいのだろうか?
 また菅総理は四国遍路を昔から行っているが、仮にその信仰が正しければ、斯様な政治の混乱を招くことは無かったであろう。現にお遍路信仰は、利益がない事を証しているではないか。お遍路は結局のところ、観光のためのお遊戯である。信仰でも何でもない。

 政治の徳政については『日本書紀』「仁徳天皇」に、
  「高殿(たかどの)に登って遥かにながめると、人家の煙があたりに見られない。これは人民が貧しくて、炊(かし)ぐ人がないのだろう。
  (中略)
  三月二十一日、詔して『今後三年間すべて課税をやめ、人民の苦しみを柔らげよう』といわれた。(後略)」
とあるように、仁徳天皇が国見をして治めている領地の家々に煙が立っていないことで民が貧しい生活をしていると知り、天皇自身が質素な着物や食をし、徳をもって免税を行ったところ民が豊かになった、という伝承である。この伝承は創作ではないかとも言われるが、しかし後の世はこれを倣って徳政を行うこともあった。が、あくまで世間における徳であって、仏法に比べれば劣るものである。

 八幡大菩薩の託宣・あるいは神の加護については、次の主人の答えの結論にある。直接関係ないが末法に近づくにつれて「百王思想」という、天皇が百代になれば尽きてしまうという思想がある。平城天皇でちょうど折り返し地点で、後世の繁栄を願うのが人情であろう。八幡大菩薩は周知の通り、神仏習合の先駆的象徴である。しかし正しい教えに帰依しなければ、何ら効力は無いのである。

 現代が抱えている問題を、根本から解決できる道はないであろうかと、客人は心から欲しているのは確かであろうが、しかし宗教の正邪については無知である。宗教は星のように多く存在するが、その中でも勝劣はあり、自分ひとりだけの救済か、自分だけでなく多くの人を救う教えか、また自分だけ合っている宗教を信仰すればいいとか、好き嫌いで選んでいるとか、もしくは先祖代々から信仰しているから続けているとか、人それぞれの信仰があるであろう。
 しかし、いま一度立ち止まって、本当に正しい宗教であろうかと考えるべきではないか。たとえば家族内で突然死や不慮の死がないか、病気や借金に苦しんでいないか。また何よりも、信仰することによって心から歓喜が起こり、その歓喜を他の人にも勧めていくという誇り。つまり、日々の生活において、常に「この信仰をさせていただいている」感謝の気持ちがあるかである。それが生きる楽しみになり、どんな困難でもそれが糧となる。信心とは、即生活なのである。(続く)

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心理テスト [ブログ]

試験近いのに、どういうわけか試験についての連絡が少ない…。
直接講師に聞けってか……。




あさってから、いよいよ試験です。


問題 10という数字に、何か足してみましょう。さて、どれが一番ピンとくる?


A 10円


B 10回


C 10個


D 10日




お金にシビアなので、Aの10円にしよう。(笑)







































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タグ:心理テスト
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聖教新聞にFAXした文書 [創価学会へ]

ここ2~3年、聖教新聞に折伏の文書を送っていなかった。
まあ、たぶん誰も読まないだろうけれども、ネットでも誰もが読めることができるように、
ブログに載せるべきかと思い、ここに記す次第です。





 創価学会の皆様へ

 今月は日蓮大聖人様が、時の実権者・最明寺入道こと北条時頼に『立正安国論』を御奏上あそばされ七百五十余年が経ちました。言うまでもなく、末法の御本仏であられる大聖人様が当時の大災害の原因を明かすために一切経をご覧ぜられ、災害の原因は世の人々が正法に背くが故に勃発すると、大慈大悲を起こされて一切衆生にその理を説き示されました。そして文底秘沈の大法「南無妙法蓮華経」を多くの方が帰依すれば、たとえ地震や台風、火災などが起きても最小限に抑えられることができるのです。
 創価学会のホームページで世帯数が「827万世帯」と公表していますが、なぜここまでの数字がありながら、3.11東日本大震災では数多くの方が犠牲になり、また福島第一原発事故での放射性物質の世界的汚染拡大で、あらゆる問題が懸念されています。さらに公明党のキャッチコピーでは「支えあう、日本」と標榜しながら、自民党と組んで現在の政府に対して国会を停滞させているのでしょうか。矛盾していませんか。
 もし学会が正しければ、東日本大震災に限らず、新潟中越地震、阪神淡路大震災などにおいても、被害は最小限に止まるはずではないですか。
 大聖人様は『聖愚問答抄』に、
 「汝只正理を以て前(さき)とすべし。別して人の多きを以て本とすることなかれ」(御書四〇二頁)
と誡められています。ただ数が多ければ、それが正しい、と言う事にはならないのです。まずは正邪(御経や御本尊などの勝劣)を選んでいく、その道理が正しく具わっている、何より功徳を戴いている実感がある事が重要なのです。
 日達上人も「日蓮正宗の教義でないものが一閻浮提に広がっても、それは広宣流布とは言えないのであります」(日達上人全集二―六―二九五頁)と御教示され、いま現在の創価学会のように成仏直道である本門戒壇の大御本尊様を否定し、御本尊様の価値観を「物体」と認識し、信仰と言えば「選挙活動」や「聖教新聞購買の啓蒙」、また「財務」などでしかありません。いったん否定すると、その為にどんどんと虚偽を重ね、大きな矛盾に陥っていっても、最悪の場合は、思考停止してそれを疑惑の念を起こさなくなる事です。臨終は想像に難くないでしょう。
 「人の寿命は無常なり。出(い)づる気は入る気を待つ事なし。風の前の露、尚譬へにあらず。かしこきも、はかなきも、老いたるも若きも、定め無き習ひなり。されば先(ま)ず臨終の時を習ふて後に他事を習ふべし」(『妙法尼御前御返事』一四八二頁)
 私たちの寿命がいつ尽きるか分かりません。葬式に立ち会い、亡くなられた方の相が成仏の相であればよろしいのですが、体が真っ黒で死臭がし、表情が怯え全身が硬直し、岩の如く重たいのであれば、それは間違いなく不成仏の証です。その姿を見て、もしも自分の臨終がこのような姿であったらと想像すれば、誰も苦しい思いをしてこの世を去ることを願わないはずです。一刻も早く脱会すべきです。
 『折伏教典』には、
 「謗法とは「正法を誹謗すること」であり、したがって、なにが正法であるかが問題である。それはいうまでもなく、末法今時の正法は、道理、文証いずれから論じても日蓮大聖人の教えであり、その教えは富士大石寺に伝わる三大秘法の大御本尊以外にあるはずがない。しかれば、謗法とは、その大御本尊を誹謗することあることはいうまでもない」(三六四頁)
と、また池田大作自身の言葉においても、
 「御本尊様は日蓮大聖人様の生身と拝することです。その信心でなければなりません。(中略)御本尊を“物”と扱うようになった場合は罰を受けます。学会精神に反します。信心ではありません」(『大日蓮華』昭和三十九年八月・一五九号六二頁)
とハッキリと発言しています。
 そして、その罰について御本尊様を拝すると、向かって右側に、
 「若脳乱者頭破七分‐(若し脳乱する者は頭七分に破れ)」
とあります。人々を惑わし正法を乱す者は、かえって自らも心がおかしくなってしまい、言動も自分で何を言っているのか、何をしているのか分からなくなるのです。これは功徳と真逆です。功徳は仏様の福十号を過ぐとあり、堅実な幸福の境涯が開かれていくのです。
 「高山に登る者は必ず下り、我人を軽しめば還って我が身人に軽易せられん。形状端厳をそしれば醜陋の報いを得。人の衣服飲食をうばへば必ず餓鬼となる。持戒尊貴を笑へば貧賤の家の生ず。正法の家をそしれば邪見の家に生ず。善戒を笑へば国土の民となり王難に値ふ。是は常の因果の定まれる法なり」(『佐渡御書』五八二頁)
 全国の創価学会員が一刻も早く邪法邪師の邪義を捨てて、正法正師の正義(しょうぎ)に目覚めん事を祈る次第です。
           
                                              竜眼寺暁

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心理テスト&しばらく [独言]

問題 あなたは、美しい泉の前にいます。一番してみたいことを選んでみて。


A 泉の水を飲む


B 泉に足を浸す


C 泉で水浴びをする


D 泉のそばでお昼寝をする





そうですねぇ。
昼寝した方が気持ちが良いかも。
























































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そうか、今日はタナバタか! [独言]

すっかり忘れていました。(笑)
今日はタナバタなんだよな。


起源はもちろん中国で、七月七日の夜、織女星が天の川を渡って牽牛星に会う七夕伝説と、
この夜、織女星をまつって手工の巧みになる事を願う乞巧奠(きこうてん)の行事とが中国で習合。

※乞巧奠=陰暦七月七日の夜、梁や絹糸などの供え物をして牽牛・織女星をまつる行事。

また日本では夏秋の行きあいの時期に、水辺の掛け作りにした棚の上で、
遠来のまれびと神の訪れを待って機(はた)を織るタナバタツメの習俗と合体して伝承されたそうだ。

※タナバタツメ=『万葉集』では、「牽牛」をヒコホシ、「織女」をタナバタ、あるいはタナバタツメ
と読む。ヒコホシは男の星の意。タナバタはタナバタツメの約で、タナバタツメは、
タナ(横板)をつけたハタ(機=布を織る道具)で布を織る女の意。
ツは奈良時代に多く用いられた連体助詞。メは女性をあらわす。

『万葉集』ではタナバタが132首あり、
だいたい天武・持統朝からさかんに宴席で作られるようになったとみられ、
天平期には天皇が文人に命じて七夕詩を作らせてもいるのだ。


そういう事で、『万葉集』から見てみましょうか。

  「天の川川音(かわと)清(さや)けし
    彦星の秋漕ぐ船の 波のさわきか」

  天の川の川音がすがすがしいことだ。
    彦星が秋に漕ぐ舟の波のざわめきであろうか

旧暦では七月は初秋であって、夏から秋にかけて季節の移り変わりの時期。
一部の地域では旧暦にしたがって、旧暦の七月七日に行う所が確かあったと思う。
その頃は…まだ暑いでしょうね。

で、歌はだいたい牽牛からの歌が多かったと思うが、もう一つは織女側の歌もみてみよう。

  「しばしばも相見ぬ君を
    天の川舟出(ふなで)早せよ夜(よ)の更けぬ間(ま)に」

  何度も逢えるあなたではないのに
    天の川に舟出を早くしてください

年に一度といえども、一夜限りの出会いはそうとう辛いでしょう。
(おっと、女子アナが浴衣姿になっているぞ at4:35)

『古今和歌集』では、凡河内躬恒の歌を載せよう。

  「たなばたにかしつる糸のうちはへて
    年の緒(を)長く恋ひやわたらむ」

  たなばたに供えた糸が長く延びている―
    そのようにこれからずっと長い間に恋しく思い続けることになるであろうか

頻繁に逢うと刺激がないし、あまり逢えないのも冷めてしまう…。
恋のバランスって難しい。

あとは、いつもの「長恨歌」ですね。
道士が楊貴妃に会ったという事を玄宗に証明するため、かんざしや二人しか知らない誓いを述べる。
それが、
「七月七日長生殿 夜半無人私語時」
また、
「天に在りては願はくは比翼の鳥作(た)らむ 地に在りては願はくは連理の枝為(た)らむ
天の長く地の久しき時に尽くること有りとも 此の恨みは綿綿として絶ゆる期(とき)無けむ」
の箇所にあたる。

ただいま不定期に連載している『源氏物語』「夕顔」巻でも、
この事について言及されている(『源氏物語』「夕顔」巻 二を参照)。
大学の授業でもタナバタの話題が出そうだな。

という事で、いま朝の5時前なので、この辺で失礼します。
(予約投稿ですみません)

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久々の心理テスト [ブログ]

昨夜は自転車の後輪タイヤを交換し終えました[あせあせ(飛び散る汗)]
もう軍手はオイルだらけで、手も少し切ってしまいましたね…。



という事で、ご無沙汰していた心理テストを[ぴかぴか(新しい)]




問題 散らかっている子供部屋を掃除しましょう。まず、何から手をつける?


A 毛布


B おもちゃ


C ぬいぐるみ


D お菓子


う~ん、やっぱり Bのおもちゃ でしょうか。
ガキの頃は散らかすことが多かったし、けどちゃんと後片付けも。
(今は資料や本ばかりが貯まって、寝る場所も小さくなっていますが…)

さて結果はどうでしょう[わーい(嬉しい顔)]







































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タグ:心理テスト
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パンク! [独言]

昨日はさんざんだったな…。

まさかのチャリがパンクしたので、大学の休み時間の間に修理したんだけど、
どうやらパンクの原因がタイヤの老朽化に伴うようだったので、
新しくタイヤを交換しなければなりません。
しかし、それが後輪とあるだけに、ちょいと面倒くさい。

で、統一協会の方と連絡を取ろうと思いましたが、ここでもまさかの音信不通…。
まあ、いつものことだけど。
たぶん海外のボランティアに行ったのでしょう(そう話していたので)。

そして、今日見た夢は珍しく覚えている。
小野小町の「思ひつつ寝ぬればや人の見えつらむ夢と知りせばさめざらましを」
というような感じの夢でした。
いや、無意識に寝ていたので違うけど…。

ようやく『逆転の女王』が終わりましたね。
なんか敵方が呆気なくて、まるで緊張感がない。
もう少し、傲慢としての悪あがきが見たかった。
ドラマなんだから簡単に負けを認めないで~。
そしていつも思うんだけど、オーバーな所とか、突然意味不明の行動を起こされても、
こちら側はめちゃくちゃ困る。
別に「大人」のためのラブストーリーではなかったですね。
いかに『源氏物語』が勝れているかがよく分かった。
こうなると、時代劇しか残ってないですね。
そっちの方が、かなりエンターテイメント性が高く、史実とフィクションが上手く織りなされている。

先日の7月3日は、池田大作を含む45人の学会員が選挙違反で逮捕された日でした。
これを彼らは法難を受けた日(世間では「大阪事件」)としてあるから、
その日は水に関する事故が多かった。
信心をされてない方は判らないかもしれないけど、
悪い事をしている教団がより大きな運動を起こすと、その作用によって周囲の環境が濁り、
それが原因となって不幸を招く。
これはハッキリとした因果の道理であるので、
創価学会が間違った教団であるかを証明するものである。
もし創価学会が正しければ、3.11も原発事故も、最小限に止まっていたはずである。

そして7月17日は、創価学会が「大阪事件」の後に大会が行われ、
これを「大阪大会 記念日」と定めた。
そして来月24日は池田大作の入信記念日…。
仏法関係の行事というよりも、俗のイベントに近いことしかできないのが創価学会の実態です。
あれは宗教行事ではありません。

ではでは。

タグ:まさかの…
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やはり人権を無視するカルト創価学会 [批判]

フォーラム21より、ネットで公開されているものを全文転載します。



2011年5月 特集/国立大学教授が創価学会を提訴―問われる創価学会の人権侵害体質
投稿日: 2011年5月28日 作成者: okkotu
憲法に違反する人権侵害体質

乙骨正生 ジャーナリスト

 プライバシーを侵害して査問

 国立大学の教授が、創価学会幹部らから人権侵害を受けたとして、原田稔会長らを被告とした損害賠償請求訴訟を東京地裁に提訴している事実が明らかとなった。

 損害賠償請求訴訟を起こしたのは、国立・香川大学教授で創価学会の学術部員でもある高倉良一氏。高倉氏は「白バラ通信 パンドラの箱」と題するインターネットのホームページを主宰しているが、その中で複数の創価学会最高幹部らからプライバシーの侵害や脅迫、離婚の強要を含む個人の尊厳の侵害など、さまざまな人権侵害行為・不法行為を受けたとして、原田稔会長・山本哲史副会長(四国担当・未来本部長)・田村隆夫副会長(九州長)・同僚の香川大学教授で創価学会員の佐々木信行氏の4人を被告として、3000万円の損害賠償の支払いを求める訴訟を、今年1月7日付で東京地裁に提訴したことを明らかにした。
 「訴状」によると高倉氏は、夫婦で創価学会の活動に従事し、平成6年頃から毎年、「財務」(寄付)に100万円を納金してきたが、平成15年頃から高倉氏は、創価学会の指導や池田大作名誉会長の言動に疑問を抱くようになり、平成17年の「財務」に応じなかったことから、池田氏に申し訳ないとして500万円を納金した夫人との間で意見の対立を見るようになる。

 以後、高倉氏は、真の創価学会のあり方について夫人と語りあったが、創価学会や池田名誉会長になんらの疑念も感じていない夫人との会話は困難になっていく。そこで高倉氏は、平成19年10月に創価学会の問題点を列挙した1000ページにわたる6冊の日記を夫人に渡したが、夫人は高倉氏の意図を理解することなく同年12月に九州の実家に帰ったとのこと。
 その後、高倉氏の日記は、九州の創価学会幹部を通じて学会本部に提出され、高倉氏は反創価学会活動を行う者であるとして査問の対象とされるにいたった。「訴状」の「被告らの不法行為」の項目には、「査問による脅迫、強要」の経緯と事実が次のように記載されている。

 「日記は個人にとって、第三者に対しては秘密にしておきたいものである。日記の公開は、あたかも裸体を公衆の前にさらすにも似た行為である。本件日記も原告は妻に真実を理解させる手段としてとったもので、第三者に公開することは全く考えてもいない。  そのようなプライバシーの日記を、被告田村は妻から取り上げて、創価学会の本部に渡し、創価学会は査問の根拠とした。  本件日記を詳細に検討した創価学会本部は、日記に出てくる名前の人の関連者約400名近くの者を詳細に調べた上、さらに、原告が(1)創価学会の内部情報を外部に流しているのではないか、(2)原告の同調者は誰か、(3)黒幕は誰か、(4)反創価学会活動をしている元公明党参議院議員であった福本潤一との関係、ということで、原告を査問することにした」

 査問は創価学会本部に近い東京・新宿の京王プラザホテルで行われたという。
 「平成20年2月24日午後から東京の京王プラザホテルの一室で、原告は、被告山本から、和田(注=公雄氏・四国創価学会幹部)も同席して約3時間に亘り上記(1)~(4)の点について徹底して査問により強迫、強要され、和田のときの高倉の処分を告知して強迫された。最後に妻に詫び状を書くよう指示された」
 ここに記されている「和田のときの高倉の処分を告知して」とは、高倉氏への査問に先立つ平成20年2月に創価学会は、高倉氏の日記に名前が出てきた四国創価学会幹部の和田氏を高倉の黒幕ではないかとの疑いで査問にかけ、その場で「高倉は、創価学会の内部情報を漏らした反逆者であると断定」し、青年部機関紙「創価新報」に高倉氏の日記を掲載して、高倉は「仏敵」であるとして徹底した攻撃を加えるものだったという。なお「訴状」には、和田氏への査問の際に、「高松の創価学会員が、原告高倉を何らかの方法で殺すと言っている」という話があったとも書かれている。

 この他、「訴状」では、高倉夫妻の離婚問題に関して、創価学会が主導して離婚訴訟を提起しているとして、創価学会が夫人に「実質上代わって離婚を申立て、離婚訴訟を推進することなど、婚姻における個人の尊厳を保障した憲法24条に明白に反するきわめて悪質な不法行為である」と主張している。

 これに対して被告側は、「答弁書」において原告・高倉氏の主張を否認し、争う姿勢を見せている。今後、事実関係を含めた審理が東京地方裁判所で行われることになる。ちなみに被告側の代理人弁護士は、NTTドコモ事件で筆者の携帯電話の通話記録を違法に引き出し有罪判決を受けた嘉村英二の代理人を務めた、松村光晃副会長などの創価学会顧問弁護士の面々が務めている。


 人権侵害はカルトの指標

 本誌の今年2月号既報のとおり、今年1月20日、矢野絢也元公明党委員長に対する創価学会最高幹部らの人権侵害事件に関連して、矢野氏の創価学会提訴を報じた「週刊新潮」の記事によって名誉を毀損されたとして、学会本部事務総長を務める谷川佳樹副会長が、矢野氏と「週刊新潮」を発行する新潮社を被告として損害賠償の支払いを求めた訴訟の判決で、東京地裁は、記事の名誉毀損性を一部認めて33万円の損害賠償の支払いを命じたものの、「事実認定」の中で、谷川氏をはじめとする創価学会青年部の最高幹部らが、矢野氏に対して「脅迫」を加えた事実を認定。矢野氏に「脅迫」的言辞を弄して政治評論家としての言論活動の中止を強要したと認定した。

 この政治評論家としての言論活動の中止については、谷川氏を中心とする青年部最高幹部らによる「脅迫」に基づく強要によって、矢野氏がやむなく政治評論家としての言論活動の中止を余儀なくされた直後に、公明党の国会議員OBである黒柳明・伏木和雄・大川清幸の3氏が、矢野氏の自宅を訪問し、政治評論家としての言論活動を止めるのであれば、矢野氏が国会議員時代から使用し、創価学会・公明党に関するさまざまな事実を記載してした衆議院手帳(いわゆる「黒い手帖」)は不要だろうと主張し、家探しまで行って矢野氏の意志に反して強引に手帳を持ち去ったことは周知の通り。

 この手帳持ち去り事件については、矢野氏が手帳の返還と損害賠償の支払いを求めて提訴した訴訟で東京高裁が、矢野氏と公明党国会議員OBらの面談は脅迫・威迫を伴うものであり、公明党国会議員OBらの行為は矢野氏のプライバシーを侵害しているとして公明党国会議員OBらの不法行為責任を認定、手帳の返還と損害賠償300万円の支払いを命じる判決を言い渡し、同判決は最高裁で確定している。
 「訴状」によれば、今回の高倉氏の事件でも創価学会は、プライバシーの塊ともいうべき日記を、高倉氏の了承を得ることなく勝手に学会本部に持ち去って閲覧。日記の記述を根拠に高倉氏に査問を仕掛けるという、高倉氏の人権を無視・侵害する行為を行っている。

 高倉氏が、創価学会や池田名誉会長の指導や言動に疑問を持ち、そうした疑問を述べることは、憲法が「言論の自由」(21条)や「思想・良心の自由」(19条)、「信教の自由」(20条)などで保障している。また日記に象徴される高倉氏のプライバシーは、憲法13条規定の「個人の尊重」によって保護されている。日記を勝手に閲覧し、査問にかける創価学会の行為は、個人のプライバシーを侵害し、「信教の自由」や「思想・良心の自由」さらには「言論の自由」を侵す重大な人権侵害行為である。

 本誌の平成14年9月1日号の特集記事「『カルト宗教』創価学会批判」と題する一文で、統一協会問題をはじめとする日本のカルト問題に精力的に取り組んできた東北学院大学の浅見定雄名誉教授は、特定の集団をカルトと見なすかどうかの基準は、日本国憲法の人権条項を侵しているか否かがメルクマール(指標)となると次のように書いている。

 「私は、ある団体を『カルト』と見なすかどうかのいちばん良い基準は、その団体が(宗教を名乗ろうと名乗るまいと)日本国憲法の人権条項を侵しているかどうかだと考えている」

 言論出版妨害事件や宮本盗聴事件をはじめ、矢野氏に対する「脅迫」や本誌前号で詳報した筆者に対する名誉毀損など、創価学会ならびに創価学会の最高幹部らは、数々の違法行為・不法行為を繰り返しており、これらはいずれも憲法が保障する基本的人権の侵害にあたる。憲法が保障する基本的人権の侵害を繰り返す創価学会は浅見氏が指摘するように「カルト」であり、公益法人たる宗教法人の適格性を欠くことは明白である。
 今回の高倉氏の提訴は、今後、矢野氏の「黒い手帳」事件に続く「白い日記」事件として、創価学会の反人権体質を示すものとして注目されることになろう。


乙骨正生(おっこつ・まさお)フリージャーナリスト。1955年生まれ。創価中学・創価大学法学部卒。宗教・政治・社会分野などを取材、週刊誌・月刊誌を中心に執筆。著書に『怪死』(教育資料出版会)『公明党=創価学会の野望』『公明党=創価学会の真実』『司法に断罪された創価学会』(かもがわ出版)など。


編集後記から

 大震災と大津波そして原発災害に見舞われた日本社会。まだまだ被災された多くの方々が、不自由な生活を余儀なくされています。改めてお見舞いを申し上げます。

 その天災・人災のさなかに行われた統一地方選挙。「全国完勝」すなわち全員当選を目指した創価学会・公明党は、前半の道府議選・政令市議選で2人の候補を落選させ、「全国完勝」は潰えましたが、前半・後半を通じて「大勝利」「偉大な勝利」などと喧伝しています。しかし、いったいなんのための勝利なのでしょうか。

 福島第1原発の事故が深刻化する過程の3月24日に、東京都清瀬市議会が全国の原発の総点検と浜岡原発の運転中止を求める決議を採択しましたが、「生命尊重」を掲げる公明党市議団が採決を退席しました。原発の点検と、東海地震の発生による危険性を指摘されている浜岡原発の運転中止を求める決議に、核の廃絶を声高に叫ぶ池田氏を創立者と仰ぐ公明党は当然賛成すると思われましたが、なんと退席。是非の判断すらつけられない公明党に、市民の生命や財産の安全を託すことなどできるのでしょうか。大いに疑問です。
 小誌今号では、香川大学の教授が、創価学会からプライバシーを侵害された上に、創価学会から査問を受けるという人権侵害を受けたとして、原田稔会長をはじめとする創価学会の最高幹部らを提訴した事実を報じました。
 矢野絢也元公明党委員長に対する「脅迫」行為の認定、小誌発行人の乙骨正生に対する創価学会青年部最高幹部らの名誉毀損の認定と、司法による創価学会の不法行為の認定が相次いでいますが、現職の創価学会員である国立大学の教授が提訴した人権侵害事件の帰趨が注目されます。



高倉氏のブログ「白いバラ通信 パンドラの箱」では、裁判の動向について記事にしております。
先日の更新では、6月20日に開かれたテレビ電話会議システムの裁判に向けて提出された
準備書面が掲載されている。
その中には、「原告の査問に先立って、創価学会は和田公雄を査問し(甲第5,6号証)、
四国の創価学会会員で原告を殺すといきまいている者が居ることを和田に告げ、
和田から原告にその旨が通知された」とあり、高倉氏は身の危険を察知されて
常に日頃から安全に最大限の注意を払うようになる。
しかし、「とはいえ、日々生きた気がせず、努力や意識の緊張にも、
人間としては限界があることを知らされていた。
恐怖のため食事も出来ず、
夜も1時間おきに目が覚める生活が続いている(甲第4号証2頁)」
さらに拉致計画未遂もあり、精神的にも追い詰められていた。

浅見先生がおっしゃるとおり、
「その団体が(宗教を名乗ろうと名乗るまいと)日本国憲法の人権条項を侵しているかどうか」
というカルトの定義を、考えるまでもなく創価学会は人権を無視している。

以降、カルトの定義について挙げてみる。

1.真理はその組織に占有されており、その組織を通してのみ知ることができると主張する。
2.組織を通して与えられた情報や考え方に対しては、疑ってはならない。
3.自分の頭で考えないように指導する。
4.世界を組織と外部とに二分する世界観を持つ。
5.白黒を常にはっきりさせる傾向が強い。
6.外部情報に対して強い警戒感を与え、信者の情報経路に様々な制限を加える。
7.信者に対して偏った情報、偽りの情報を提供することがしばしばある。
8.組織から離脱した人間からの情報に接することを禁じる。
9.家庭や社会との関わりで多くのトラブルを生じている。
10.社会からの迫害意識を持ち、それをかえってバネにする。
11.外部に対して正体を隠す傾向がある。
12.生活が細部にわたって規定されている。
13.組織(教祖)が信者の生活のすべてになっている。
14.共同体内部のみ通用する言葉を多く持っている。
15.組織からの離脱について極度の恐怖を与える。

これは創価学会のみならず、近年の新興宗教にも多く当てはめられる。
宗教とは悩みを克服し、ゆるぎない幸福を得、また多くの人を救っていくことではないか。
それと悖反(はいはん)して信者の自由を限定し、都合が悪ければ抹消するのがカルトではないか。

「財務」について、かつての『人間革命』を載せておく。

 「戸田は、金銭に対しては、あらゆる不純を拒否して、異常なまでの潔癖な姿勢を堅持した。とはいえ、現代の社会のおいては、資金なくして、どんな崇高な活動も成立しないことは事実だ。そのための必要経費は、会員の真心の自由意思に任せ、そのつど浄財を募ることによって賄(まかな)えばよいというのが、戸田の信念であった。彼は、その必要が生じると、いつも学会員に、その内容のすべてを提示して、必要経費を確保した。まず計画があり、それを遂行するために使用する資金が募られた。金があって、それから計画を立てるのではない。彼は、いつも事をなすにあたって、大胆に金を使ったが、金に仕えることは一度もなかったのである」(『人間革命』第六巻二八二頁)

もちろん池田大作にはゴーストライターがいることは周知の事実であるが、
そのような際でも、上記な事を記していた。
今の学会はどうだろうか。
ただ単にお金を搾るだけ持っていき、それをやれ勲章だ名誉市民賞だと注ぎこむ。
いったい、何のための「財務」なのであろうか?

そして、今回の統一選挙は最悪の結果となりました。
あれは本当に、国民が政治家へ出した「答え」なのであろうか?
どちらかと言えば「消極的」である理由が多くある気がする。
それを「選挙で勝った!」と連呼する阿呆どもが、
いざ原発の有無となると何食わぬ顔で、曖昧な見解を出す。
なんと汚い事か!!
なぜマスコミはそこを追及しない。
報道を見るたびに、はらわたが煮えくり返ます。

もう時間が時間なので、ここまで記しておくことにしよう。
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『源氏物語』「夕顔」巻 三 [大学]

前回からだいぶ時間が空いてしまいましたね…[あせあせ(飛び散る汗)]

いよいよ源氏は夕顔の宿では情事を重ねることができないので、いや、
アバンチュールを楽しむためでもあろうか、とにかく夕顔を外に連れ出そうとする。
夕顔は行き先も分からずに出かけることを躊躇するが、
さすが男、源氏は夕顔を軽々と抱いて車に乗せる。
Heiankyo_map.png

(多少ズレてしまったが、オレンジ色に囲んだ所に某院(なにがしのいん)・河原院がある)
ひそかに車を出して、五条から近い某院に着き、管理人を呼ぶ。
某とあるので、読者もそれがどこにあるのかを前提にしている。
また、私見では後の記述によってそれがどこにあるかを示す語だとも考えている。

それから、ここには中国の伝奇『任氏伝』という説話から来ていると指摘されている。
鄭六という男が白い衣を着た女性・任氏と出会いゾッコン(今は死語だよね)、
その女性は何と狐が化けていたのだが、鄭六は彼女を愛するようになる。
そこに鄭六の友人が任氏を気に入り、性的交渉を迫るが任氏の貞節を守る姿に諦める。
そして鄭六が試験に合格して任地へ赴くことになるが、
占いによるとそこへ向かえば任氏に災いが降りかかると結果が出た。
だが鄭六に何度も説得されて、任氏は夫と共に任地へ赴く事になる。
任地へ着いたときに、犬が任氏の正体を嗅ぎつけて襲いかかり、最期は絶命してしまう、という流れ。
これがどのようにして日本に入ってきたかは、まだ定説になっていないと思うけど、
やはり白楽天の影響があると思われている。

そこで源氏が某院に着いて、夕顔に話しかけてこう詠うんですよ。

  いにしへもかくやは人の惑ひけむ
    我がまだ知らぬしののめの道

  (昔の人もこのように恋の道に迷ったのだろうか
    わたしには経験したことのない明け方の道だ)

あなたは経験がありますか?と尋ねててるんですよ。
もちろん、光源氏はこれが初めてではありません。
その前に空蝉や明らかにされていない藤壺との関係があります。
これは常套手段でしょうねぇ。

返しとして夕顔は恥ずかしがって、

   山の端の心も知らで行く月は
    うはの空にて影や絶えなむ

  (山の端をどこと知らないで随って行く月は
    途中で光が消えてしまうのではないでしょうか)

と、気味の悪い某院の前で怖がっている様子が見える。
注釈では「山の端の心」を源氏の心、「月」は自分に喩えている。
しかし、ここでも「山の端の心」はあくまで夕顔で、「月」は源氏の方がしっくり来る。
確かこれも、清水婦久子氏の説だと思います。
とにかく夕顔は、源氏に危険を察してもらおうと訴えているのかもしれない。
しかし源氏は夕顔が怖がっている様子を、五条で住み慣れた小家のせいだろうと面白く思う。
若さとは本当に恐ろしいですねぇ…(人のこと言えないけど)。

まあそれで一夜を明かすわけだけれども、明くる朝には外の庭の様子が見えるので、
格子を上げて見るんですね。
そこはひどく荒れていて人影もなく、木立が不気味に鬱蒼と古びている。
近くの植え込みの草や木などは美しくないし、池も水草で埋もれているんですよ、
それで恐ろしいと感じる。
 
 「けうとくもなりにける所かな。さりとも、 鬼なども 我をば見許してむ」

と源氏が言い、気味悪そうになった所だ、いくらなんでも鬼なども私をきっと見逃すだろう、
な~んてある意味でイヤミなことを言う。

この辺は『伊勢物語』第六段「芥川」に関係してくると思う。
その段は昔男が長年にわたって求婚し続けた女性を盗み出し、
その途中の芥川で女性が草の上にある露を見て「あれは何ですか?」と尋ねる。
しかし男は逃げている途中なので答える暇もなく、
鬼が棲むと言われている荒れ果てた蔵とは知らずに、女性を蔵の中に入れてしまう。
男は戸口に立って朝が早く来ないかと願っているが、
その間に女性は鬼に食われてしまったと言う。

もちろん、最後にはネタ明かしがされて、業平が二条の后を背負って盗んだので、
二条の后の兄弟・藤原国経と基経が取り返したと言う。

  白玉か何ぞと人の問ひしとき
露と答へて消えなましものを

  (白玉ですか何ですかとあの人が尋ねた時、
露ですと答えて(その露のように)消えてしまっていたらよかったのに)

「歌物語」として、なかなかいい味を出していますね。

で、まだ源氏は顔を覆面しているんですよ。(笑)
しかし夕顔がそれを悲しんでいるので、もう深い仲になっているから、
もう隠し通すことはむしろ障害になると思ったのでしょうかね。

   夕露に紐とく花は玉鉾の
    たよりに見えし縁にこそありけれ

  (夕べの露を待って花開いて顔をお見せするのは
    道で出逢った縁からなのですよ)

と、いよいよ自分があの「心あてにそれかと~」の者、光源氏ですよと明かす。
ここを源氏が流し目で言うんですよ。
「紐解く」とは、花が開く意と顔を見せる意と解せられるが、
他にも「夕露」は源氏。「花」は女。「紐とく」は下紐を解いて契りを交すの意で、
二人が深い仲となったのは、五条の宿の通りすがりに見かけた奇縁によるのだ、の意」とある。

夕顔の返し、

  光ありと見し夕顔のうは露は
   たそかれ時のそら目なりけり

  (光輝いていると見ました夕顔の上露は
    たそがれ時の見間違いでした)

と答え、源氏は面白いと思う。この返事を恋の駆け引きと思ったであろう。
ここでも重要なサインがあるわけだが、源氏はそれを察する事ができずにいた…。



時間が無くなってきたので、今日はここまでにします。

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大震災で学んだこと 何があっても乗り越える! [体験談]

今回もまたすばらしい体験談がありました。
たぶん小学生の女の子からのものですが、
しかし純粋な信心で折伏を行っていく姿に頭が下がります。



 こんにちは。長崎県聞法寺支部のI.Eです。昨年の十一月から四カ月間、私たち家族は広安寺様の預かり信徒でした。
 私には、一年生の時から決めていることがあります。それは、お友達が私の家に遊びに来た時は、ご本尊様にごあいさつをしてもらうことです。ただお題目三唱をしてもらうだけなのに、思った以上にむずかしいです。勇気がなくてさそえなかったり、口に出さないで三唱する人や、まちがって南無あみだぶつと唱える人もいるからです。


 フルートの先生が入信できた!

 宮城県に引っ越して来る前は、山形に住んでいました。山形ではフルートを習っていて、週に一回、先生が私の家にレッスンに来てくれました。先生にも、レッスンの最初と帰る時に三唱をしてもらいました。次のレッスンが入っていない時には、いっしょに夕の勤行もしました。母が先生に信心の話をしてくれ、何回も正命寺におつれしました。
 正命寺では、地方部に鼓笛隊がなかったので、しつじ様が「鼓笛をやりたい」という私の夢を叶えてくれて、バンドを作ってくださいました。
 山形を出るお別れ会の日には、私にないしょで練習してくれた青年部のお兄さん、お姉さん、そしてフルートの先生、サクソフォンをふく先生のご主人もいっしょに、私の大好きな曲、グリーンの「キセキ」をみんなでえんそうしました。そして、その日、先生はご授戒を受けることができました。私は、先生にずっと幸せでいてほしかったし、いっしょに「南無妙法蓮華経」を唱えたかったので、とてもうれしかったです。
 宮城から、大好きだった山形の学校の四年生の担任の先生を折伏したくて、広安寺のご住職様が書かれた『かわら版』と『妙教』を手紙といっしょに送りました。手紙には、「感想を聞かせてください」と書いたので、返事が来るのを楽しみに待っていました。


 地震から五日間、お寺でひなん生活

 返事を待ち望んでいた日の三月十一日、大地震が起こりました。その時、私は学校にいました。大きくゆれた地震の時、私は「絶対にご本尊様が守ってくれる!」と思い、必死で「みんなを守ってください。私を守ってください。お母さんたちを守ってください」と祈りました。
 地震がおさまってすぐ、母がむかえに来てくれました。家に帰ったら、家の中はめちゃくちゃでした。私がいつも使っていたお茶わんもお皿も、他のたくさんの食器も床に散乱していました。重たいタンスも倒れていました。もし、寝ている時だったら、私の頭はタンスの下敷きになり、死んでいたかもしれません。寝ている時でなくてよかった、と思いました。
 それから広安寺に行きました。かわらがくずれていました。本堂の仏具は転がって割れていました。その夜は、おじいちゃんやおばあちゃん達と、お寺の駐車場に車を停めて、車の中で眠りました。でも、大きな余震で何度も目がさめ、怖くて眠れませんでした。次の日からは、もう大変です。みんなで、お寺にお泊まりさせていただきましたが、ガスも電気も水道も通ってなかったので、石油ストーブでご飯を作って食べました。朝も昼も夜も、全ての食事が雑炊で、もうあきてしまい、「ああ、早くふつうのご飯が食べたいなぁ」と思い続けました。トイレは水が流れないので、私は外で用を足しました。
 ひなん生活三日目、私はだんだんストレスがたまり、イライラして泣きそうで、全く楽しくなくて、変な気持ちになりました。だから、お寺のかべをけってすすり泣きをしていました。ご住職様がギャグを言ってくださったり、志村けんの物まねが上手いお兄ちゃんと、そのお母さんも泊まりに来てくれることになって、いっしょに遊んでくれたので、ストレスが解消しました。
 母からも「紗瑛が元気ないと、みんなも元気なくなるんだよ」と言われ、できるだけ明るくしようとしました。それからは、みんなに仏教の絵本を読んであげたりしました。楽しいお兄ちゃんもいたし、夜は、詩吟の先生というおばあちゃんが、詩吟をひろうしてくれたり、ひなん生活なのに、笑ってばかりいました。地震から五日目の十五日、原発事故も起き、ご住職様から「山形に行きなさい」と言われて、泣く泣く山形に戻りました。


 つらい時も明るく笑って

 また、山形の学校に通うことになりました。担任の先生は、『かわら版』と『妙教』を送った、四年生の時の担任の先生です。先生に「かわら版と妙教、どうでしたか?」と聞くと、「とてもおもしろかったよ。ぼくは仏教が好きだからね」と言っていました。私は「もっと教えてあげて、信心をしてほしいなぁ」と思いました。
 フルートの先生は、私が宮城に行っている間に、赤ちゃんを産んでいました。私は、ご主人の勇太お兄ちゃんと赤ちゃんにご授戒を受けてほしい、とずっと願っていました。先生のお家では先生が、お寺ではしつじ様と母がたくさん話して、五月三日に勇太お兄ちゃんと琉斗君がご授戒を受けることができました。少年部のお友達や婦人部の人達が「おめでとう」と言って、たくさん集まってくれました。今は、フルートの先生一家といっしょに、ご登山できるように祈っています。
 山形で一カ月過ごしましたが、父の転勤で兵庫に行くことになりました。とても残念だったけど、みんなにはまた会えると思い、あまり泣きませんでした。泣き虫の私に、広安寺の三浦ご住職様から、「つらい時も泣かずに、笑って乗り越えなさい」と言われていたので、みんなには、「またね」という一言で別れました。地震を経験したので、私も強くなれたのかもしれません。
 勇太お兄ちゃんと琉斗君のご授戒の次の日、四日に宮城の荷物をトラックに積んで、思い出がいっぱいある広安寺にお別れを言いにいきました。五日に、山形の荷物を出して、いっぱい遊んで楽しかった正命寺に最後のあいさつをして、標語に出発しました。
 私はこの地震で、みんなと協力すること、助け合うこと、何でも明るく笑って乗り越えなくてはいけないことを学びました。
 関西では、地震のためコンクールに出られなくなってしまった宮城の鼓笛隊のお友達の分まで、しっかりがんばっていきます。
 山形の担任の先生には、これからも手紙を出して折伏していきたいと思います。



私も「己心の魔・懈怠」に負けないように、精進していきます。

タグ:体験談
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今回の政治騒動を誇張するな! [独言]

eva.jpg

ロッテリアのヱヴァカレンダーはアスカ!
ヱヴァを見るキッカケになったのは、アスカの影響が一番大きいですね。
なんか…同情してしまう…。
次回作もちゃんと活躍してほしいと願うばかりだ[ぴかぴか(新しい)]
たぶん死ぬまでファンとして居続けるかもしれませんね。

さて、KBS WORLDで現在放送中の『近肖古王』も残り11話です。
第49話でまさかの「倭」が登場。
さすが野蛮人らしく、見た目も派手で肌も露出…だけど、どう見ても韓国人……。(苦笑)
日本人を使わなかったのか…。
まあ、どうでもいい。
確かに近肖古王在位の頃と倭との関係は、切っても切り離せないから登場させなければならない。
基本的に中国よりも、百済の方が影響が強いみたいだ。
日本に鏡をもたらしたのは、最初は朝鮮半島、次に中国であっただろうと言われている。
鏡は呪術的な魔術とも解され、卑弥呼でもそのアイテムは必需品であったに違いない。

それはともかく、なんか違和感のある倭人で終始笑うのをこらえていたが、
倭人はたしか入れ墨をして上半身裸で生活をしていたと聞いたことがあるが、
本作品では入れ墨はなく、野蛮人らしい服装で百済の姫の婚礼の祝いに来ている。
倭人がそのまま百済の言葉で話せたのかはさておき、
重要なのは百済が倭に文化を伝えた事である。
その辺を、このドラマはどのように捉えるか楽しみにしている。
そして、邪馬台国は「畿内説」か「九州説」かに分かれているけど、
個人的には、恐らくは南の地域に存在していたと思う。

やっぱり歴史は面白いですね。
歴史で何度も同じ誤りを繰り返すのが、人間の性(さが)なんでしょうか。
今回の回を見ていると、まるで今の政治状況と重ねてしまって、
現前にある利益だけを死守しようとする者と、国を革新するために非難を浴びせられる者、
自己の保身ばかりを優先する者と、権力奪還のために権謀術数を重ねる不忠義…。

猪口邦子の発言は最悪だし、今回の人事を針小棒大に誇張するマスコミが狡猾で忌々しい。
「一本釣り」だと表記されているが、平次であれば異常であろう。
しかし、今はまさに国難の真っただ中で異常事態である。
彼ら自公・マスコミ、ジャーナリストは「ジョーシキ」と連呼していますが、
その「ジョーシキ」が国民とかけ離れているのではないか?
与党ばかりを責めているのは、おかしい。
そもそも、その時は自民党でお世話になった人へあいさつに回っている途中に、
どっかの愚か者がマスコミにリークして、マスコミが勝手に大騒ぎをした。
国会延長の始まりが空白になったのは、ネチネチと小さい事ばかりを誇張して取り上げ、
あたかも「自民党・公明党が政権に返り咲きすれば、世の中はすぐに変わる」とばかり、
無味乾燥のシナリオ・パフォーマンスをし、被災者の方を盾にしている。
卑怯だ、血も涙もないニンゲンの皮をかぶったケダモノだ!

今は党派にこだわらず、大震災復興のために尽力すべき時である!
国民ができることを、なぜ政治家はできないのか?
ただ非難するだけで対策を打ち立てないのであれば、国会議員を辞めてください。
それこそ税金の無駄であり、復興を遅延させる原因のみならず、日本を滅ぼします。
これぞ人災だ!
政治家たちの煩悩むき出しのニュースなど、見たくも聞きたくもありません。

まさに日本を亡国へ引きずり込んでいるのが公明寄りの自民党議員・マスコミであり、
公明党であり、その支持母体の(平気で法を捻じ曲げる)創価学会である。
与党もその流れにくみしてはならない。亡国が加速するだけである。

今回も巷の方の話を伺いましたが、ほとんどは与党よりも自民党に集中砲火していました。
当然です。
今の自民党は思考停止の、ある意味で烏合の衆であり、第六天の魔王の下僕です。
政治家全員が心から態度を変えない限り、真の希望は生まれない。
罵声で答えれば罵声が返り、汚い布で鏡を磨いても、変わらないどころか鏡を傷つけてしまう。

政治家に問う。
どのような事態になっても心は動じず、物事に対して冷静に判断できますか?
正直に、悪い事を悪いと言い、善い事を善いと偏見なしに、誹謗中傷を受けても訴えられますか?
あなた達は本気で人を救おうと思った事は無いですか?
誰かの幸せのために、喜んで自らを犠牲にしてまで叶えたいと思った事は無いですか?

当たり前のようで、実際に行ってみるとたいへん難しい事。
それが人心の常ですが、生きがいを見つけた方の見聞いたすところ、
私見ではこの4つが見出せます。
当たり前のことを当たり前と思わず、松をそのまま松と見、悪い所を改善する。
政治家は、せめてこれくらいの事を心得てください。
無闇に稚拙な言葉で非難するのではなく、問題点を明確に焦点を合わし、
小さい子が見ても恥ずかしくないように、また模範となれるような言動を取ってもらいたい。
それが大人ではないでしょうか。

浅学非才で年少ない身でありますが、日本を憂える一国民としてここに訴えます。

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