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心理テスト 恋愛篇 [ブログ]

問題 結婚指輪をどこかに置き忘れてしまいました。さて、どこで見つかる?

A ベッドサイド

B 脱衣所

C 上着のポケットの中

D リングケースの中






自分って結構単純なところで抜けているから、Dのリングケースにしようかな。



























































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韓国ドラマ 「トキメキ☆成均館スキャンダル」 [批評-韓流・中国]

相変わらず、前置きが長すぎる。

トキメキ☆成均館スキャンダル<完全版>DVD-BOX1

トキメキ☆成均館スキャンダル<完全版>DVD-BOX1

  • 出版社/メーカー: 東宝
  • メディア: DVD


登録情報
出演: ユチョン, パク・ミニョン, ソン・ジュンギ, ユ・アイン, キム・ガプス
監督: キム・ウォンソク

商品の説明
内容紹介
ユチョン韓国ドラマ初主演!!注目のイケメン大集合!!
ドキドキ度1000%!時代劇版青春キャンパスラブストーリー!

秘密、みつけた。君を、みつけた。 僕らの過した場所―― “成均館”
ユチョンの主演が決定するや否や、アジア各国で話題沸騰!韓国で話題のベストセラー小説「成均館儒生たちの日々」を原作に、学生たちの恋と友情、青春の日々を色鮮やかに描き出した、笑いあり涙ありの珠玉の新感覚青春キャンパスラブストーリー!!時代は朝鮮時代。病弱な弟の代わりに男装して女子禁制の名門校「成均館」に入学したヒロインと同級生のイケメン3人が繰り広げる、恋と友情に、悩んで笑ってときめく青春ラブストーリーは、まさに2010年大ヒットとなった「美男<イケメン>ですね」の時代劇版!吸い込まれるような面白い設定と、軽快でコミカルな演出で、韓国では“成均館病”という中毒者が続出し社会現象になった。主演のユチョンをはじめ、ソン・ジュンギ、ユ・アイン、チョン・テスなど注目のイケメン俳優が大集合!主要キャストすべてが、本ドラマで爆発的人気に!そして、ジェジュン/ユチョン/ジュンスが歌うサウンドトラックが、韓国で発売2週足らずで11万枚という異例の大ヒットを記録。そして、2010年KBS演技大賞では、新人賞(ユチョン)、ベストカップル賞(ユチョン&パク・ミニョン/ユ・アイン&ソン・ジュンギ)、ネチズン賞(ユチョン)、人気賞(ソン・ジュンギ)、優秀演技賞(パク・ミニョン)と最多受賞!また、朝鮮王朝22代・正祖(イ・サン)時代が舞台で、単なるラブストーリーではなく、政治背景もしっかり描いており、史劇としてもクオリティを保持!時代劇ファンも満足できる作品に仕上がっている。

★封入特典:ブックレット(32P)/ジャバラ折りポストカード
*CAST* ユチョン【浪川大輔】(イ・ソンジュン役) パク・ミニョン【桑島法子】(キム・ユニ役)「幻の王女チャミョンゴ」「思いっきり ハイキック!」「アイ・アム・セム」ソン・ジュンギ【野島裕史】(ク・ヨンハ役)「愛しの金枝玉葉」「トリプル」「クリスマスに雪が降るの?」『霜花店~運命、その愛』ユ・アイン【川田紳司】(ムン・ジェシン役)『アンティーク ~西洋骨董洋菓子店~』「必殺!最強チル」「結婚できない男」キム・ガプス(イ・ジョンム役)「チュノ~推奴~」「IRIS -アイリス-」「シンデレラのお姉さん」アン・ネサン(チョン・ヤギョン役)「糟糠の妻クラブ」「怪しい三兄弟」「カインとアベル」チョン・テス(ハ・インス役)「王と私」『愉快なコンパニオン』 ※ハ・ジウォン実弟

*STAFF*  演出 :キム・ウォンソク「大王世宗」「パートナー」脚本 :キム・テヒ「大王世宗」「偉大な遺産」

1~10話収録/全20話/2010年/韓国/原題: /カラー/音声1韓国語ドルビーデジタル2.0chステレオ2日本語ドルビーデジタル2.0chステレオ/字幕1日本語2日本語吹替/16:9LB/片面1層(一部2層)
内容(「キネマ旬報社」データベースより)
ユチョンが初主演を果たした時代劇ラブコメディのBOX第1弾。幼い頃に父を亡くし、母と病気の弟の面倒を見ていたユニは、借金返済のために男装して科挙試験の代筆をすることに。ところが試験当日、ユニは依頼人を間違え…。第1話から第10話を収録。




最初は面白くてテンポも良かったけど、あとから普通に学園ドラマになって失速。
「イ・サン」を観た人にとっては、何となく裏物語的解釈になるけど、
「イ・サン」未見の人にとって(これから観ようとなれば)はネタバレされた感じがありますね。
決して内容は悪くないけど、キーワードとなるものが最初から出され、
それが何なのか視聴者を引っ張りながら、主人公の恋物語が間に入る。
思いっきり間延びしているし、個人的に中盤は要らなかったですね。
最終話はそんなに緊張感は無かったし、大したことじゃ無かった…。
惜しかったなぁ。


評価は61点。

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韓国ドラマ 「ミス・リプリー」 [批評-韓流・中国]

あの「リプリー」が魔性の美女だったら…。

ミス・リプリー<完全版>DVD-BOX1

ミス・リプリー<完全版>DVD-BOX1

  • 出版社/メーカー: エスピーオー
  • メディア: DVD


登録情報
出演: パク・ユチョン, イ・ダヘ, キム・スンウ, カン・ヘジョン
監督: チェ・イソブ, チェ・ウォンソク

商品の説明
内容(「キネマ旬報社」データベースより)
『トキメキ☆成均館スキャンダル』のユチョン主演によるラブストーリーのBOX第1弾。孤児院で育ち、どん底の人生を送っていたミリは、不意に口から出た「東大出身」という嘘により韓国最高のホテルの従業員として働き始め…。第1話から第8話を収録。
内容(「Oricon」データベースより)
巧みな嘘で相手の心を引き寄せるミリ。ミリを挟んで、男として、起業家として駆け引きを繰り広げるユヒョンとミョンフン。ユヒョンを想うあまり、ミリの真実を明かせずに葛藤するヒジュ。互いの本心を探り合い絡み合っていく4人を描く、「シン・ジョンア学歴詐称事件」をモチーフにした大人のラブストーリー。第1~8話を収録。


学歴社会と言われてから久しいけど、いつまでこんな愚行が続くんでしょうかねぇ。
日本だったら「三高」という、バカげた理想が蔓延していたし、
見た目ばかり気にして、肝心な中身が全然伴っていない。
それが人間なのかね…。

ミリが、ようやく水商売から逃れて母国に戻るが、
そこで待っていたのは学歴偏重の世間で冷たいものだった。
そして、ちょっとした口から、彼女の運命が突き動かされる…。
彼女がどんなにひどい事をしてしまっても、なぜか個人的に同情してしまう。
それは自分の過去にも関わることかもしれないけど…。

最初は面白かったけど、その後の前置きが長く蛇足的だった。
折り返し地点でようやく本題に入り、ジワジワとミリの嘘が暴れていくところは良かった。
でも、ミリの幼馴染がだんだん影が薄くなってしまうのは否めない。

また、とんでもないオチ、いや、誰でも薄々感じていただろう運命のいたずらは、
やはり強引であって無理がある。
しかも、余計なシーンまであるのだから、せっかくの感動のシーンが台無しに。
カット版はどうなっているのか気になりますね。

ただ、いつもの韓国ドラマと違い、なかなか上手くまとまったエンディングでした。
そこは高く評価します。
縁があれば、また物語が紡ぎだされるのでしょうね。
(しかし、TSUTAYA独占レンタルが最近多くなったが、独禁法に触れないか気になるな)


評価は、79点。

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映画批評 その419 「シティ・オブ・バイオレンス -相棒- 」 [批評-映画]

アクションシーンだけが売り…かな。

シティ・オブ・バイオレンス -相棒- 特別版 [DVD]

シティ・オブ・バイオレンス -相棒- 特別版 [DVD]

  • 出版社/メーカー: エスピーオー
  • メディア: DVD


登録情報
出演: チョン・ドゥホン, イ・ボムス
監督: リュ・スンワン

商品の説明
内容紹介
―ハリウッドも羨む壮絶な死闘、世界制覇を狙う最強のアクション・エンタテイメント日本上陸―

■540度のまわし蹴り!別名ベルトアクション!殴る!蹴る!!斬る!!!ノースタント!妥協なし!ド迫力、ケタはずれ、男泣きバトル・アクションムービーの決定版。

■ストーリー■
少年時代を共に過ごした親友が何者かに殺害され、故郷に戻ってきた刑事テス。殺害犯と目される少年たちの足取りを探るほどに、この殺人事件に疑問を感じ始めた彼は、昔からの仲間ソックァンを相棒に事件の真相を突き止めようと、ルール無視、掟破りの過激さ捜査を開始。やがて二人は、事件の背後に暗躍する強大な組織との壮絶な死闘に身を投じていく…

■特典■
映像特典:オリジナル予告編、劇場版予告編、インタビュー映像、削除・追加シーン、メイキング映像、リュ・スンワン来日風景

公式HPはこちら!迫力満点のトレーラーも見れる!!↓
http://www.aibou.info

(C)2006 CJ Entertainment Inc.All Rights Reserved
内容(「キネマ旬報社」データベースより)
『クライング・フィスト~』などを手掛ける韓国映画界の若き俊英、リュ・スンワンが監督・製作・脚本・主演の4役を務めたノワールアクション。ソウルの敏腕刑事・テスは、親友が何者かに殺害されたと聞き、故郷に戻り過激な捜査を開始する。R-15作品。


思ったよりも、それほど過激な暴力表現ではなく、微妙に笑える。
若い時の友情は、いつ変わるか分かりませんからねぇ。
クライマックスは、個人的に「キル・ビル」みたいに、
日本刀を振り回して叩き切っていくと思ったら、
地味に刀の型をした棒でゴロツキどもを排除していました。
まあ、それはそれでいいっか。
でも、友情を裏切る根拠が弱いような気もするけど…。
韓流だからと言って、下手に見るべきではないですね。


評価は61点。

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映画批評 その418 「ゲット・スマート」 [批評-映画]

やっぱ、アン・ハサウェイ最高-ッ!

ゲット スマート 特別版 [DVD]

ゲット スマート 特別版 [DVD]

  • 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
  • メディア: DVD


登録情報
出演: スティーブ・カレル, アン・ハサウェイ, ネイト・トレンス, マシ・オカ, アラン・アーキン
監督: ピーター・シーガル

商品の説明
内容紹介
アン・ハサウェイのアクション満載! オシャレでスマートに任務を遂行するエージェント・コンビ

本気で世界を救おうとしている人を、笑ってはいけません。
『007』 も 『ミッション:インポッシブル』 をも凌ぐ、スパイ・アクション“エンターテイメント”の、新たな世界基準!


優秀すぎるがゆえに、エージェントになれなかった男――マックスウェル・スマート。
分析官として在籍する極秘諜報機関「コントロール」の緊急事態に、最後にして最強の切り札が、ついにその姿を現す!
40種類もの言語を自在に操り、テロリストたちがふと漏らした家庭の揉め事からさえも重要情報を読み取る凄腕の分析官。
その驚異の分析能力ゆえに、エージェントへの昇格を見送られた男、マックスウェル・スマート。

彼の所属するアメリカ諜報機関の本部が、国際犯罪組織「カオス」によって襲撃され、全エージェントの顔と身元が割れてしまうという緊急事態が発生。
スマートは、未知のエージェント“86”として極秘任務に就くことになる。
自ら成し遂げた肉体改造、敵を惑わす東洋武術、分析官時代の膨大な情報、フル回転する頭脳 ――
そして本人の意思とは関係なく炸裂する天然のユーモア! そう、まさに彼は、最後にして最強の切り札だった!

コンビを組むのは、整形手術によって新しい顔を手に入れたゴージャスボディの女性エージェント99。
ふたりに与えられたミッションは、盗み出された核物質の行方を突き止め、世界規模で進行中の破壊工作を阻止すること。

次々に襲いかかる絶体絶命の危機、息をのむノンストップ・アクション、そんな緊迫の状況に、頻繁に舞い降りる笑いのゴッド。
まさに 『007』 も 『ミッション:インポッシブル』 もが、過去のものとなる瞬間。
マックスウェル・スマートが、本格的アクションと超絶エンターテイメントをひっさげて、スパイ・ムービーに革命を起こす!

主演は『40歳の童貞男』のスティーブ・カレル
相棒のエージェント99に『プラダを着た悪魔』のアン・ハサウェイ
「コントロール」屈指の敏腕エージェント23に『ハムナプトラ2/黄金のピラミッド』のドウェイン・ジョンソン
そして彼らを束ねるチーフには『リトル・ミス・サンシャイン』のオスカー俳優アラン・アーキン。
さらにTVシリーズ『HEROES/ヒーローズ』の“ヤッター!”マシ・オカ演じる秘密兵器の開発者が、“Mr. Q”ばりの独創的ガジェットを披露する!


内容(「Oricon」データベースより)
アメリカ諜報機関の本部が国際犯罪組織に襲撃され、全エージェントの顔と身元が割れてしまう緊急事態が発生した。驚異の分析能力を持つがゆえにエージェントへの昇格を見送られたマックスウェル・スマートは、未知のエージェント“86”として極秘任務に就くことになる。スティーブ・カレル、アン・ハサウェイほか出演によるスパイ・アクション・エンターテイメント!



ヤバイ!
ただのコメディかと思いきや、ちゃんとスパイものもしっかりしている。
しかもテンポも良すぎ!!
こんなコメディ映画を待っていたんですよ。
下手なディズニーよりも、断然面白いですね。
しかし、アン・ハサウェイ演じるエージェント99の整形の話が面白かったし、
その美貌が実は年増であった事など、それらしく演じていてスゴイです。
さすが女優さんだなぁ。
ここでも男同士のキスシーン(!?)があり、最近はそういった向きが流行っているのかな。(笑)
思いっきり笑いたい時は、この作品を薦めます。
理屈抜きで、本気で面白いです。


評価は90点。

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映画批評 その417 「4デイズ」 [批評-映画]

テロとの対決は、始めから勝負がついていたのか…。

4デイズ [DVD]

4デイズ [DVD]

  • 出版社/メーカー: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
  • メディア: DVD


登録情報
出演: サミュエル・L・ジャクソン
監督: グレゴール・ジョーダン

商品の説明
内容紹介
サミュエル・L・ジャクソン主演

尋問スペシャリスト vs テロリスト
3億人の命を救う期限は4日間
全米公開禁止のエンディングが待ち受ける、タイムリミットサスペンス

【STORY】
「パルプ・フィクション」「ブラック・スネーク・モーン」のサミュエル・L・ジャクソン主演で贈るサスペンス。
アメリカ国内の3都市に核の時限爆弾を仕掛けたテロリストと、核の場所を聞き出すためならば拷問さえもいとわない尋問スペシャリストとの緊迫の攻防を描く。
共演はマイケル・シーン、キャリー=アン・モス。監督は「戦争のはじめかた」のグレゴール・ジョーダン。
アメリカ政府に届いたテロ予告。それは、国内の3都市に核爆弾が仕掛けられており、4日後に爆発するという衝撃的なものだった。
犯人のイスラム系アメリカ人、スティーブン・アーサー・ヤンガーはすぐに逮捕され、爆弾の所在を聞き出すための尋問が開始される。
担当するのはFBIのテロ対策チームを率いるヘレン・ブロディ捜査官。 しかしそこに、CIAのコンサルタントという謎の尋問スペシャリスト“H”が加わる。
ところがHの手法は拷問さえも平気で行う非人道的なものだった。そんなHのやり方に反発するヘレンだったが、犯人はなかなか口を割らず、時間ばかりが過ぎていく。

サミュエル・L・ジャクソン (アイアンマン2、マイティ・ソー、キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー)
キャリー=アン・モス (マトリックスシリーズ)
マイケル・シーン (くたばれ!ユナイテッド -サッカー万歳!<未>、アリス・イン・ワンダーランド )
ブランドン・ラウス (恋するポルノ・グラフィティ<未>、スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団)
スティーヴン・ルート (ヤギと男と男と壁と、24 TWENTY FOUR (ファイナル・シーズン))

監督:グレゴール・ジョーダン
製作:カルデコット・チャブ他
製作総指揮:レイチェル・ローズ、ヴィンス・シリンシオン
脚本:ピーター・ウッドウォード
撮影:オリヴァー・ステイプルトン

【特典映像】
・グレゴール・ジョーダン監督による音声解説
・予告編集
※結末が異なる本編2バージョン収録(本国オリジナル版&日本劇場公開版)

【Copyright】(2009 Unthinkable Clock Borrower, LLC. All Rights Reserved.
※発売前のジャケット写真、商品仕様、映像特典などは予告なく変更となる場合がございますのでご了承ください。
内容(「キネマ旬報社」データベースより)
サミュエル・L・ジャクソン主演で贈るサスペンス。アメリカの3都市に核爆弾を仕掛けたというテロリストからの声明文が政府に届く。その設置場所を聞き出すため、尋問スペシャリストが犯人に挑む。本国オリジナル版と日本劇場公開版を収録。


これは「24」の製作陣が作ればテンポ良く作れたと思うんだけど、
しかし、アメリカがようやくテロに対して少しずつ正面から見るようになって来たのかな。
と言っても、アメリカなら拘束したテロを人体実験でも使っていそうな気がしますが…。
エンディングはアメリカ版と日本版があるんだけど、日本版の方がグッと重い感じでしたよね。
ただひたすら、絶望しか感じない…。
あと、「マーシャル・ロー」と比べるのも面白いかもしれませんね。


評価は…65点。

タグ:映画批評
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映画批評 その416 「フィリップ、きみを愛してる!」 [批評-映画]

まさかゲイ映画で泣かされるとは…。

フィリップ、きみを愛してる! [DVD]

フィリップ、きみを愛してる! [DVD]

  • 出版社/メーカー: Happinet(SB)(D)
  • メディア: DVD


登録情報
出演: ジム・キャリー, ユアン・マクレガー
監督: グレン・フィカーラ, ジョン・レクア

商品の説明
内容紹介
たった一言”愛してる!”を伝えるために詐欺と脱獄を繰り返す。
IQ169の天才詐欺師の、あり得ないけど、本当の話。

◆ ジム・キャリー×ユアン・マクレガー 2大スター初競演!
主演は、『マスク』('94)でその人気を不動のものとし、今なおコメディ俳優としてトップに君臨しているジム・キャリー。『トゥルーマン・ショー』('98)にてゴールデングローブ賞 主演男優賞し、近年では『エターナル・サンシャイン』('03)などで実力派俳優としても定評のあるジム・キャリーが、天才詐欺師という新たな役柄に挑む!
対するは、『トレインスポッティング』('96)での初主演以来、『スター・ウォーズ』シリーズや『天使と悪魔』など大作への出演が続き、爆発的な人気を博しているユアン・マクレガー。この2大俳優が初共演をはたし、同性のカップルを熱演する!!

◆ 驚愕の実話を元にした”あり得ないけど、本当の話。”
IQ169の天才詐欺師が、たった一言「愛してる!」を伝えるために、人生の全てを賭けて詐欺と脱獄を繰り返す。
笑い・驚き・感動の三拍子がそろった、観るだけでハッピーになれる<脱獄・ラブ・エンタテインメント>!!
この作品の元になるのは、懲役167年を科せられて現在もテキサスの刑務所に収監されている、1人の天才詐欺師IQ169の天才詐欺師スティーブン・ラッセルの人生を描いたドキュメンタリー小説「I LOVE YOU PHILLIP MORRIS」。“愛を伝えること”に人生を賭けたそのアンビリバボーな生き様、大金を稼ぎ出す詐欺、繰り返される脱獄は、スティーブン本人の証言を基にしており、どれもが想像を超える実話という笑いと驚きの連続!ラストにはどんでん返しと感動が待っているキュートなラブストーリー!

【ストーリー】
大事故で命を失いかけたIQ169のスティーブン(ジム・キャリー)は詐欺師として暮らし始めるが、保険金詐欺で投獄された刑務所で、心優しいフィリップ(ユアン・マクレガー)に運命の一目惚れ!!この出会いが再び彼の人生を変えていく――。
フィリップを幸せにしたい一心で、詐欺を繰り返し、念願の2人きりハッピーセレブ生活に突入するが、それもつかの間、再び投獄され、2人は離ればなれに。
でも、どうしても“愛してる!”と伝えたい!!嘘にまみれた天才詐欺師スティーブンが思いついた、一世一代の大勝負とは――。
果たして彼の唯一本当の想いはフィリップに届くのか!? 2人の恋の結末は?!

【キャスト】
ジム・キャリー、ユアン・マクレガー、レスリー・マン、ロドリゴ・サントロ

【スタッフ】
監督/脚本:グレン・フィカーラ、ジョン・レクア、製作総指揮:リュック・ベッソン、製作:アンドリュー・ラザー、撮影:ハビエル・ペレス・グロベット、美術:ヒューゴ・ルジック・ウィオウスキ、衣装:デイヴィッド・C・ロビンソン

【映像特典】
■メイキング(仮/約12分)
■記者会見(仮)
■オリジナル予告、日本版予告
内容(「キネマ旬報社」データベースより)
愛に生きる詐欺師の実話を、ジム・キャリー、ユアン・マクレガー共演で映画化したコメディ。IQ169の天才詐欺師・スティーブンは刑務所で出会ったフィリップに恋をし、彼に想いを伝えるために詐欺と脱獄を繰り返す。製作総指揮はリュック・ベッソン。



実はですね、先日失恋したのですよ…。
いや、何て言えばいいのだろう。
ずっと前に好きである事を、その気持ちだけでも伝えたかった。
よく分からないけど、いま伝えなければ、失ってしまいそうで不安だった。
その後に観た映画が、本作品です。(笑)
おかしいですよねぇ、失恋後に爽やかなゲイ映画を観るなんて。
今までこんなこと無かったですよ。

てなわけで、主人公がなぜベッドで死にかけているのかから始まる。
走馬灯のように思い返していたのでしょうかね。
そこがミソで、今まで保険金詐欺を働いて恋しては、それを繰り返してしまう癖。
人生は遊んだもの勝ちのように楽しむけど、
しかし、刑務所でフィリップに出会った事によって変わっていく。
彼を幸せにさせたいが為に大がかりな詐欺を働き、ついにはフィリップをも巻き込んでしまう。
それはひとえにフィリップの為を思っていたのだが、
偽りだらけの人生を送ってきたスティーブンは、ある覚悟をしてフィリップを迎えに行く。

「愛」とは、何とも面白い顔を出すもんですねぇ。
愛はおしみなくすべてを与えれば、愛はおしみなくすべてを奪う。
そして、ようやく全部見た韓流ドラマ「ミス・リプリー」では、愛は責任だそうで。
愛は面倒くさいですねー。(棒読み)
けれど、探究すれば面白い。
なんか、危険な香りがしてきたぞ…?

ユアン・マクレガーが可愛らしくてよかったですね。
こんな映画を観ていたら、親が「お前大丈夫か、まさかこういうのしてないよな」と言ってきました…。
もちろん、オレ様は根っから女好きだ!
ただし、メンタル面では正直微妙です…。(苦笑)
その事を友人に話してみたら、めっちゃドン引きされました……。
大丈夫、彼女が出来ればきっと変わっていけますよ。


評価は93点。

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映画批評 その415 「ストーカー」 [批評-映画]

邦題のせいで先入観が邪魔になってしまったのが残念。

ストーカー [DVD]

ストーカー [DVD]

  • 出版社/メーカー: 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
  • メディア: DVD


登録情報
出演: ロビン・ウィリアムズ, コニー・ニールセン, ミシェル・ヴァルタン
監督: マーク・ロマネク

商品の説明
内容紹介
あなたの事を、あなたより知っている人がいる──
ロビン・ウィリアムズが新境地をひらいた、傑作サイコ・ムービー

<キャスト&スタッフ>
サイ・パリッシュ…ロビン・ウィリアムズ(江原正士)
ニーナ・ヨーキン…コニー・ニールセン(山像かおり)
ウィル・ヨーキン…ミシェル・バルタン(咲野俊介)
ビル・オーウェンズ…ゲイリー・コール(内田直哉)
ヴァンダージ刑事…エリック・ラ・サール(山野井 仁)

監督・脚本:マーク・ロマネク
製作:クリスティーン・バション&パメラ・コフラー/スタン・ブロドコウスキー
製作総指揮:ロバート・B・スターム/ジェレミー・W・バーバー/ジョン・ウェルズ
撮影監督:ジェフ・クローネンウェス
プロダクション・デザイナー:トム・フォーデン

●字幕翻訳:古田由紀子 ●吹替翻訳:小寺陽子

<ストーリー>
大型スーパーの片隅にあるDPEショップに勤める孤独な男サイ・パリッシュ。彼は常連客である若い母親ニーナ・ヨーキンとその9歳の息子ジェイクに思い入れを持ち、彼らが現像に出す幸せな家族の写真に固執していた。愛し合う両親と愛されている子供。"サイおじさん"としてその完璧な家族の一員になりたいと願う彼の妄執は次第にエスカレートし、ヨーキン一家を恐怖に陥れる……。

<ポイント>
●もし、あなたのことをあなた以上に知っている他人がいたら…? それが、生活の中に溶け込んでいる身近なDPEショップの店員だったら…? そんな身近に潜む恐怖を描いたサイコ・サスペンス。ストーカーを演じるのがロビン・ウィリアムズというのがスゴイ! "ロビン・ウィリアムズの演技そのものがストーカーだ!(ロジャー・エバート/シカゴ・サンタイムズ紙)"、"『インソムニア』での悪役デビューは、『ストーカー』での'怪演'のウォーミング・アップにすぎなかった(ELLE誌)"等、全米マスコミも絶賛した見事な"怪演ぶり"をDVDでじっくり堪能してみてはいかが?
●ドーヴィル映画祭審査員特別賞&観客賞、『プレミア誌』読者選出賞受賞!

<特典>
●メイキング・オブ・「ストーカー」
●チャーリー・ローズ・ショー
●サンダンス・チャンネル:シーンの分析
●傑作サスペンス予告編集
Amazon.co.jp
『ストーカー』は『タクシードライバー』より洗練されていると思われるが、戦りつ的という点でもまったくひけを取らない。マーティン・スコセッシ監督の名作と同様に、引き込まれるような性格描写は思いやりをもって細部に及んでいるため、不幸な主人公、サイ・パリッシュ(ロビン・ウィリアムズ)が次第に狂気じみていくにもかかわらず、観る人は思わず同情を覚えてしまう。サイはスーパーの写真カウンターでネガを1枚1枚丁寧に仕上げる熟練した店員であるが、顧客が持ち込む写真、特に裕福で一見幸せそうなニーナ(コニー・ニールセン)とウィル(ミシェル・ヴァルタン)のヨーキン家の写真によって、危険な妄想に駆り立てられていく。ヨーキン家のスナップ写真には、孤独で心に傷を負っているサイには望むべくもない幸せに満ちた生活が写し出されており、いつしか自分もその家族の一員になりたいという思いが深まっていく。やがて写真からウィルの不倫を知ったサイは怒り駆られ、豹変していくのである。ロビン・ウィリアムズの演技は、初期の作品で見られた自己陶酔的で大げさな感傷性から完璧に脱却し、マーク・ロマネクの監督・脚本により心理的インパクトが最大限に引き出された『ストーカー』を、傑作と呼ぶに相応しい作品に高めている。(Jeff Shannon, Amazon.com)


なんかね、本当に悲しい。
内容はとてもいいのに、どこの誰が邦題を付けたのか知らないけど、
そのせいで期待して観る者に変な誤解を与えてしまった。
別にそれほど危険な妄想ではないし、家庭をぶち壊すような行為をする奴が悪い。
立派な家族だと(そして、自分も家族の一員だと)主人公が強く思っていた分、
夫の不倫によって裏切られたと思った時の憤りは、半端なかっただろう。
オレだったら、もっと痛いお仕置きをしているけどね…。
一見の価値はあると思いますよ。
しかし、ロビン・ウィリアムズが本作品の前に出演していた「インソムニア」よりは良かったよね。
よく細部まで演じ切りました。


評価は84点。

タグ:映画批評
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映画批評 その414 「キラー・インサイド・ミー」 [批評-映画]

ジェシカ・アルバの顔面が歪んでくる暴行シーンが妙にリアルだった…。

キラー・インサイド・ミー [DVD]

キラー・インサイド・ミー [DVD]

  • 出版社/メーカー: Happinet(SB)(D)
  • メディア: DVD


登録情報
出演: ケイシー・アフレック, ケイト・ハドソン, ジェシカ・アルバ
監督: マイケル・ウィンター・ボトム

商品の説明
内容紹介
名匠マイケル・ウィンターボトムが呪われた異端のノワール作家として名高いジム・トンプソンのクライム・ノベル「おれの中の殺し屋」に驚嘆し、自ら映画化権を獲得。
『ジェシー・ジェームズの暗殺』でアカデミー助演男優賞候補になった若手実力派俳優ケイシー・アフレック。そしてジェシカ・アルバ、ケイト・ハドソンという魅惑的なミューズの参加を得て、禁断の暗黒小説が持つ激愛と狂気の沙汰をスクリーンに焼き付けた。

「間違いなくアメリカ文学の傑作であり、『白鯨』や『ハックルベリー・フィンの冒険』と肩を並べる作品である。」
スティーヴン・キング

「私が出会った中で最高の、身も凍るような犯罪小説。」
スタンリー・キューブリック

【ストーリー】
田舎町の保安官助手ルー・フォードは、物腰が柔らかくて愛想がいいと評判の青年だ。長年連れ添っている町一番の美人教師エイミーとの恋愛も順調である。しかしある日、取締りの一環で出会った娼婦ジョイスとの激しいセックスが引き金となり、20年間眠っていた悪夢のような衝動が、目を覚ました。過去の復讐も絡まり、ルーが次々と引き起こす怪事件。思いもよらぬ切り札を用意した捜査チームに追い詰められるルーの歪曲した自己破壊が今、始まる ―

【キャスト】
ケイシー・アフレック、ケイト・ハドソン、ジェシカ・アルバ、サイモン・ベイカー、ビル・プルマン

【スタッフ】
監督:マイケル・ウィンター・ボトム、原作:「おれの中の殺し屋」ジム・トンプソン著、脚本:ジョン・カトラン

【映像特典】
インタビュー集(ケイシー・アフレック/ジェシカ・アルバ/ケイト・ハドソン)
劇場予告篇(日本版 / オリジナル版)
キャスト・スタッフ プロフィール(静止画)
内容(「キネマ旬報社」データベースより)
マイケル・ウィンターボトム監督が、ジム・トンプソンのノワール小説を映画化。田舎町の保安官助手、ルーは誰からも好かれる青年。しかしある日、取締りの一環で出会った娼婦とのセックスが引き金となり、悪夢のような衝動を目覚めさせる。


なんかね、主人公の声が個人的に泣き声に聞こえて、DVDを止めようか否か迷っていました。
あの感じでラストまで観るのは、ちと辛い。
内容は悪くないんですよ、ただ、それぞれの役者を監督が引きたてていないようで…。
ノワール小説を実写化するのは難しいけど、やはり人間とは何だろうかと考えさせられますね。
特に白人の暴力性というものが…。
ガキの頃にあんなの見れば、誰だってグレるよな。
女性への暴力に対して免疫が無いので、
ひたすら主人公が女性を嬲り続けるシーンは気持ち悪かった。
そして先の読める展開に、何かスパイスを加えてほしかった。
ジェシカ・アルバが悪女なのかと思えば、全く違っていました。(苦笑)
でも、「メンタリスト」のサイモン・ベイカーが出ていて良かったよ。
彼が出ていなかったら、たぶん観るのやめてたわ。


評価は62点。

タグ:映画批評
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映画批評 その413 「ウルヴァリン:X-MEN ZERO」 [批評-映画]

スリーマイル島事故の真相はミュータントのせいかい!?

ウルヴァリン:X-MEN ZERO <2枚組特別編>〔初回生産限定:デジタル・コピー付〕  [DVD]

ウルヴァリン:X-MEN ZERO <2枚組特別編>〔初回生産限定:デジタル・コピー付〕 [DVD]

  • 出版社/メーカー: 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
  • メディア: DVD


登録情報
出演: ヒュー・ジャックマン, リーヴ・シュレイバー, リン・コリンズ, ダニー・ヒューストン, ライアン・レイノルズ
監督: ギャヴィン・フッド
商品の説明
内容紹介
大ヒット「X-MEN」シリーズ最新作!
最も過激なヒーロー誕生の秘密が今、明かされる!

涙まで、金属なのか。

<キャスト&スタッフ>
ローガン/ウルヴァリン…ヒュー・ジャックマン(山路和弘)
ビクター/セイバートゥース…リーヴ・シュレイバー(石塚運昇)
ケイラ…リン・コリンズ(安藤麻吹)
ストライカー…ダニー・ヒューストン(野島昭生)
ウェイド/デッドプール…ライアン・レイノルズ(加瀬康之)
エージェント・ゼロ…ダニエル・ヘニー(磯部 弘)

監督:ギャヴィン・フッド
脚本:デイビッド・ベニオフ/スキップ・ウッズ
製作総指揮:スタン・リー/リチャード・ドナー

●字幕翻訳:松崎広幸 ●吹替翻訳:久保喜昭

<ストーリー>
ミュータントとして生まれたローガンは、少年時代、その能力が覚醒。以来、人としての幸せを捨て、幾多の戦争に身を投じて生きてきたが、ケイラという女性と出会い、初めて人間として生きる喜びを知る。だが、ある日突然彼女は殺されてしまう。深い絆で結ばれていたはずのローガンの兄ビクターの手によって……。兄を倒すため謎の巨大組織と取引したローガンは、最強の戦士となるべく、超金属アダマンチウムを全身の骨に移植する改造手術をうけ、<ウルヴァリン>という名の人間兵器に生まれ変わる。獣のような闘争本能と人間としての心の間で葛藤するローガンと、野獣と化した兄ビクターとの複雑な関係。巨大組織が仕掛けた恐るべき陰謀と、ウルヴァリンの記憶を失わせた絶望的裏切り。最も過激なヒーローの誕生と、復讐の物語が初めて明かされる!

<ポイント>
●世界的大ヒット「X-MEN」シリーズの最高傑作!
シリーズ最新作にして序章となる原点的映画。さらに、続編制作決定、次回の舞台は日本!
●DVD & BDのみで明かされる続編への衝撃伏線映像収録
●最新作はよりドラマティックに! 情熱的に!
野獣としての闘争本能と、人間として心との間で揺れ動く“自分自身と戦争しながら生きていく男”の葛藤を描く
●世界で最もセクシーな男、ヒュー・ジャックマン主演!
作品への熱い思い入れから本作へ製作スタッフとしても参加。1年間に及ぶ肉体改造で得た強靭な体は必見!

<特典>
【Disc-1】
●伝説の始まり:ヒーロー誕生の物語
●もうひとつのエンディング&未公開シーン集 ギャヴィン・フッド監督による音声解説付き
●ブルーレイ予告編集

【Disc-2】
●“ウェポンX” ミュータント・ファイル
●チェイス・シーンの舞台裏
●Digital Copy (PSP & PS3 only)
※2012年2月2日まで有効

内容(「キネマ旬報社」データベースより)
「X-MEN」シリーズの人気キャラクター・ウルヴァリンの誕生秘話に焦点を当てた、ヒュー・ジャックマン主演のSFアクション。驚異的な戦闘能力を備えた青年・ローガンが、宿命を背負いながら“ウルヴァリン”として生きていく姿を描く。


いやぁ、まさに近代欧米の歴史は戦争によって発展を遂げてきたんだなっと、
思わせるオープニング。
戦争を背景に兄弟の絆が一層強まり、ヴェトナム戦争時で兄貴がやらかし、
弟も巻き添えを食らって処刑かと思いきや、特殊能力部隊へ配属。
しかし、上からの絶対命令に嫌気をさして隊を抜け出して人知れず田舎暮らし。
そして心を支えとなる女性が見つかったと思ったら、兄の手によって失ってしまう。
今までのシリーズと比べると平凡な感じがするけど、ウルヴァリンの由来については良かった。
「~ファースト・ジェネレーション」と比べても、お互いにラストが微妙だったね…。
ただ、アクションシーン、特にヘリの反撃の場面はリアル感があって良いし、
記憶を失ったウルヴァリンの、あの眼差しは良かったと思う。
これからもシリーズが続くかな?


評価は76点。

タグ:映画批評
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映画批評 その412 「F.R.A.T./戦慄の武装警察」 [批評-映画]

ケビン・スペイシーの呆気ない死に失笑。

F.R.A.T./戦慄の武装警察 DTSエディション [DVD]

F.R.A.T./戦慄の武装警察 DTSエディション [DVD]

  • 出版社/メーカー: 角川エンタテインメント
  • メディア: DVD


商品の説明
内容紹介
真実は、銃撃の果てに現れる

●銃弾、また銃弾! 警察の精鋭部隊の最新銃器が火を噴くガン・バトルが炸裂!
警察映画ファン、銃撃映画ファンにはたまらない過激なガン・バトルが全編で展開!

●オスカー受賞の名優2人、モーガン・フリーマンとケヴィン・スペイシーが競演!

●ジャスティン・ティンバーレイク、LL.クールJ、パイパー・ペラーポら人気俳優が豪華共演!

●監督・脚本はスピルバーグ製作「シークエスト」のデビッド・J・バーク!

●製作には『ブラック・ダリア』『16ブロック』の名プロデューサーが集合!

<映像特典>
オリジナル予告篇、メイキング

<ストーリー>
過激な銃撃戦の背後に隠された真相は…?!
警察の精鋭部隊FRAT(First Response Assault & Tactical=初期対応急襲戦術機動部隊)のメンバー、ディード(LL.クールJ)は仲間と共にマフィアのアジトを捜査するが、同僚たちが激しい銃撃戦の中でマフィアのメンバーを次々に殺害していくことに疑問を抱き、FRATを辞職する。一方、新聞記者ポラック(ジャスティン・ティンバーレイク)もこの事件に不審を抱いて記事にするが、彼が尊敬する上司アシュフォード(モーガン・フリーマン)はその記事に証拠がないことを指摘し、ポラックをクビにする。ポラックは独自の調査を始め、何者かの妨害を受けながらも、ディードと協力し、事件の唯一の生き残りの証言からある事実を手に入れる。
ポラックはアシュフォードにその事実を告げ、彼と共に連邦捜査官ウォレス(ケヴィン・スペイシー)と地方検事リゲルト(ケアリー・エルウェス)にその報告をするが、翌日、その証人が死体となって発見される。果たしてこの事件の裏で、何が起こっているのか?

<キャスト>
モーガン・フリーマン
ケヴィン・スペイシー
ジャスティン・ティンバーレイク
LL. クールJ
ディラン・マクダーモット
ケイリー・エルウィズ
パイパー・ペラーポ

<スタッフ>
監督・脚本:デビッド・J・バーク
撮影:フランシス・ケニー
製作:ジョン・トンプソン
製作:ジョージ・ファーラ
製作:クリストファー・エバーツ
内容(「キネマ旬報社」データベースより)
モーガン・フリーマン、ケビン・スペイシー共演、正義に燃えるジャーナリストと元FRAT隊員が陰謀を暴くサスペンスアクション。警察の精鋭部隊・FRATのメンバー・ディードは、部隊に疑問を抱き辞職する。一方、新聞記者・ポラックも事件に不審を抱き…。


う~ん、それほど期待しなくても良いような、だいぶ前に観たのであまり覚えていません。
ただ印象に残っているのが、都合が悪い存在になったケビン・スペイシーが呆気なく死んだ所だけ。
似たような作品が多いので、観ても観なくても良い作品です。
しかし、現実に腐敗はそう簡単に消えるもんじゃないよねぇ。


評価は55点。

タグ:映画批評
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映画批評 その411 『冷たい熱帯魚』 [批評-映画]

再批評です。停滞している邦画に風穴を明けたのは確かだろう。

冷たい熱帯魚 [DVD]

冷たい熱帯魚 [DVD]

  • 出版社/メーカー: Happinet(SB)(D)
  • メディア: DVD


登録情報
出演: 吹越満, でんでん, 黒沢あすか, 神楽坂恵, 梶原ひかり
監督: 園子温

商品の説明
内容紹介
世界が絶賛!『愛のむきだし』を超える、園子温の手加減なしの猛毒エンターテインメント

今や世界の映画ファンが注目している日本人監督のひとりとなった、園子温本人が自らの最高傑作と認める『冷たい熱帯魚』は埼玉の愛犬家殺人事件や他の猟奇殺人事件からインスパイアされて生み出された。強烈なエロス&バイオレンス映画ながら思わず笑ってしまうブラックコメディーの要素もあり、観る者を翻弄する衝撃の問題作。犯罪に巻き込まれていく主人公を演じる吹越満の熱演もさることながら、名脇役でんでんが、名だたる猟奇的キャラクターにも負けない存在感で圧倒する。その衝撃度からR-18指定を受けた、真の大人のエンタテインメントと言える『冷たい熱帯魚』は園子温ファンならず、映画ファン必見の作品だ!

【ストーリー】
小さな熱帯魚店を経営する社本と妻の妙子は、娘の美津子が万引きしたと連絡を受け、スーパーへ向かう。そこで警察への通報をされそうになったとき、同じく熱帯魚店を経営する田幸雄の介入でお咎めなしに。社本よりはるかに大きい店構えを持つ村田は、若い女の子を全寮制の寮付きで雇っており、美津子もそこで面倒を見ても良いと申し出る。再婚相手の妙子と美津子の不仲に悩んでいた社本はその申し出を受ける。完全に村田のペースに乗せられた社本夫婦は、熱帯魚の養殖ビジネスに協力する事になるが、どんどん深みにはまっていく・・・。

【キャスト】
吹越満、でんでん、黒沢あすか、神楽坂坂恵、梶原ひかり、渡辺哲

【スタッフ】
監督:園子温『紀子の食卓』『愛のむきだし』『ちゃんと伝える』
脚本:園子温/高橋ヨシキ、プロデューサー:千葉喜紀/木村俊樹、美術:松塚隆史、編集:伊藤潤一、音楽:原田智英、特殊造型:西村善廣、アクションデザイン:坂口拓

【映像特典】約108分
・『冷たい熱帯魚』の熱き現場 ~メイキング映像&インタビュー~
・予告篇集【劇場予告/海外版予告/キャラ別予告/幻の超過激予告】
・公開までの軌跡~ヴェネチア映画祭~東京フィルメックス~初日舞台挨拶
・三池崇史監督presents園子温監督&吹越満「冷たい熱帯魚」トークショー
・園子温独白 クランクアップ前の記録
・「冷たい熱帯魚」のその先へー。園子温 新作「恋の罪」特別映像
・キャスト&スタッフ プロフィール(静止画)

【音声特典】
・猛毒コメンタリー (園子温×吹越満×でんでん×高橋ヨシキ)
内容(「キネマ旬報社」データベースより)
『愛のむきだし』などで知られる園子温が監督を務めたサスペンスドラマ。熱帯魚店を経営する社本と妻の妙子は、娘が万引きしたとの連絡を受けてスーパーへと向かう。しかし、偶然居合わせた同業者・村田の取り成しで娘は無罪放免となり…。


ようやく園子温監督の免疫が付き、本作品が大人向け(?)なエンターテイメントであるか楽しめた。
何か不謹慎だが、人間の抑圧された本能や欲望が、
本作品によって疑似的に満たしているようだった。
本作品の根底にあるのはそのようなものばかりでなく、形ばかりの家庭の脆さを描写している。
ただ、やはり個人的に女性が暴力をふるわれるのは苦手で、
いやらしい手付だなっと思っていたら、案の定、そういう展開が待っていた。
妙なエロスが無く、もっと手加減の無い暴力表現があったら高評価だったろう。
しかし、この監督は実に恐ろしい。
このような綱渡りのエンターテイメントを世に発表するのだから…。

次回は「恋の罪」を観てみたい。それから「ヒミズ」も。


評価は72点。

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『源氏物語』研究 10 [大学]

結論
「夕顔」巻で現れた「いとをかしげなる女」はいま現在も不明瞭な点が残り、それぞれの説が挙げられては覆されるの繰り返しで、しかし、どの説も捨てがたい芯の強さがあり、一般の読者としてもそのミステリアスさに強く興味引かれるところである。私は当初、「いとをかしげなる女」は、「夕顔」巻の冒頭にあるように、六条わたりの女、「葵」巻に至ってようやく「六条御息所」の字が見られる高貴な女性がその正体だと考えていた。しかし、論文を調べるに至って考え方は大きく変わり、源氏が述懐する解釈がそのまま肯定するものから、『紫式部集』にある「心の鬼」という作者・紫式部の「物の怪」に対する批判的な眼差しで「不在証明」というのを物語の中にさりげなく挿入したのだろうと、数々の解釈に惹かれつつも戸惑いも隠せなかった。確かに、当時の平安時代からして「物の怪」を「心の鬼」と捉えて達観した思考は、まさに近代的であり、それを聞いた者は斬新に思えただろう。
取りも直さず、「夕顔」巻は光源氏が夕顔を欲したが故に、夕顔ははかなくもこの世を去らなければならない運命にあった。それは『竹取物語』や、特に『伊勢物語』の「芥河」段を下敷きに、さらにリアリティに発展させたものであろう。『源氏物語』としての始めの嫁盗み譚は悲劇に終わるが、その次の巻は「若紫」であり、嫁盗み譚の成功を示している。大野晋氏の持説であった、『源氏物語』の作者は「AであればマイナスA」と捉えるように、常に相対的な構想にあったのである。つまり、「夕顔」巻に起きた「物の怪」は後の「葵」巻と対をなす事となり、栄光輝く第一部と光の内にある暗部を映し出す第二部はまさに相対しているという事になる。
第一章第三節では『源氏物語』の英訳に興味があり、ドナルド・キーン先生が日本の文化に興味を持たれるきっかけとなったアーサー・ウェイリー訳を「いとをかしげなる女」試論として考察を試みた。原文とは全く違い、英訳本ではパート1とパート2に分かれており、分量も比較的少なかったのだが、ユーモアあふれる源氏の観点から詩的な文章まで、実に翻訳の敏腕さに驚かされると共に、全く新しい『源氏物語』に巡り会えたような感動も覚えたのである。特に源氏が夕顔と六条わたりの女性と比べたときの明快さは痛快であり、その後現れた「いとをかしげなる女」の怨みを発する言葉は感情そのもので、憎悪の力がいかに強かったか改めて感じる所であった。誤訳が多いと言われるが、しかし翻訳としての評価は高く、今後もアーサー・ウェイリー訳の『源氏物語』の研究が進むだろうし、比較研究としてもその題材は尽きないであろう。
第二章では六条御息所を中心に論じたわけだが、実に御息所の活躍は幅広く、一括りでは捉えきれない人物である。古典文学でこれほどの人物がいたであろうか。しかも、生霊どころか、第二部では死霊となって現れ、紫上と女三の宮に取り憑いて源氏を苦しめる。しかし、紫上も女三の宮も取り憑かれてしまう心の隙があり、それは源氏への不審と恐れから来るものであった。葵上は取り憑かれる原因として御息所の車争いの一件もあったが、結婚当初から源氏との間に隔たりがあり、常にガードが強かったのだが、懐妊された事によって夫婦として分かち合えると思っていたと同時に、恐らくは今まで源氏につれない事をして後悔したであろう。その後、源氏が側に離れてしまった事によって命を奪われてしまい、最後まで源氏と分かち合う事は無くなった。
紫上は女三の宮の降嫁によって動揺し、しかも同じ紫のゆかりと雖も後見のあるなしでは格が違い、前途に不安を抱かざるを得なかったのである。それから源氏との会話の中に六条御息所が話に挙げられた時、それが本で突如発病するに至った。御息所は亡き後も六条院をずっとさまよい続け、そこに源氏と紫上の会話の中で自分の名誉が傷つけられた事に怒りが込み上げたのであろう。しかし、神仏の加護が強い源氏に取り憑く事はできないので、源氏の最愛の女性である紫上が狙われるのも無理からぬ事だった。そして八月十四日にこの世を去り、再び『竹取物語』と重ねられて女性の業を作者は嘆いているのである。
女三の宮は柏木との密通事件が源氏に知られた事により、日々の生活に於いてさえ苦痛を感じるほど思い詰めていた。源氏への恐れから御息所の死霊が取り入れる原因となり、出家を遂げるに至った。さして命に及ぶ事には至らなかったのであるが、しかし紫のゆかりである以上は、源氏を思い知らせるためには格好な標的であった故に取り憑かれたのだろう。
六条院の構想は「薄雲」巻の斎宮の女御が語る秋に心を寄せた事と、紫の君が春に心を寄せる件、また「少女」巻においての春秋優劣論で源氏は四季それぞれの住まいを考えるようになる。また鎮花祭を行う事によって恐れられる神や霊などの超自然的な力を具える存在に守護的な役割を果たそうと、つまり六条御息所を鎮め守護霊の働きとして実行するのだが、結局は暫定的な効力しかなく、かえって裏目に出てしまうのであった。
夕顔と浮舟の類似性は先述したとおり、大野晋氏の「AならばマイナスA」というように、作者は第一部・第二部で伝えきれなかったものをもう一度掘りおこし、男性の恋に翻弄される女性の業をさらに深層部まで深め、女性としての独立を語っていく。夕顔と浮舟は共に落ち着く場所が無く、ひたすら流れに任せる性格であった。取り巻く環境も少なからず似ており、夕顔は頭の中将と源氏に愛されたが安泰される事は無く、浮舟は現在進行形で薫と匂宮との愛情に大きく揺れ、とうとう追い詰められた浮舟は入水する道ほか無かった。その後は横川の僧都に助けられ、その妹尼に介抱されて一命を取り留めるのだが、浮舟にとっては、死よりも辛い出来事であった。『源氏物語』の作者はいよいよ、自身が本当に書きたかった事をこの後に展開する。
物の怪に取り憑かれていた浮舟は、僧都の加持によってようやく意識を取り戻すのだが、浮舟に取り憑いていた物の怪はあたかも浮舟の姉・大い君の命を奪ったのは私であると告白する。しかし、その物の怪に取り憑かれていた浮舟の夢は、悪夢とは真逆の、「官能的陶酔」に溺れていた。それは、ほぼ匂宮の面影を浮舟自身が投影したものであるが、ここで作者は欲求、すなわち人間の避けられない煩悩とその苦しみを表したかったのだ。浮舟はこの苦しみあふれる俗世から離れるためには、もはや出家の道のほか無かったのである。
そして『源氏物語』の根底にあった『長恨歌』を作者は「夢浮橋」巻の最後までベースにし、振り回される女性の業の嘆き悲しみを断つために、楊貴妃を浮舟、玄宗皇帝を薫、方士を小君になぞらえて再現し、かつ『長恨歌』を克服するように、結末は女性が男性を離れて独立していくという形で締めくくられる。
また浮舟の出家と女人成仏・即身成仏とを比較したが、結論から言えば、浮舟はまだ仏道に第一歩踏み入れたばかりであり、この先も幾度なく漠然とした不安が残されている。『法華経』で説かれる竜女の発心と即身成仏を浮舟と比べると、竜女はまだ自立していて将来が明るいのに対し、浮舟は出家後も思い詰める日々が続く。『源氏物語』の作者は迫りくる末法の暗い影を落とすように過酷な運命を浮舟に与え、現実は想像以上に厳しいと訴えているのある。

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『源氏物語』研究 9 [大学]



 第三章 第三節 浮舟物語 ―結末から導かれるもの―
 浮舟は薫と匂宮のこじれた三角関係を解消するために宇治川へ身を投げたのだが、運命のいたずらか、思いどおりにならず出家を志すしかなかった。最後の「夢浮橋」巻は『源氏物語』の結末として尻切れトンボのようだと古来より議論され、六十巻説やその後を描いた創作まで行われてきたが、やはり作者は「夢浮橋」巻で終わらせたはずである。
 この典拠について『長恨歌』また『長恨歌伝』にあたるとして表規矩子氏 や、表氏の論を基に新間一美氏がさらに論を進めた優れた論文を発表されておられる 。私はこれを則りつつ、新たな視点として即身成仏と浮舟の対照を試みたい。
 『長恨歌』は言うまでもなく当時の大ヒットした漢詩であり、『源氏物語』の根底として「桐壺」巻から翻案され、それ以後物語の流れを汲んできた。その内容は意外にも玄宗皇帝と楊貴妃の恋物語よりも、むしろ死別した哀愁が強調されている。またその『長恨歌』も、元をたどれば『李夫人』から来ており、その一節の「此恨長在無銷期」 を白居易は好んで用いたのであろう。ともかく最愛の女性を亡くした男性が、もう一度会いたいと願って使者(方士)を遣わして、愛する女性の絆しを繋ぎ止めようとすることが述べられている。
 玄宗皇帝が方士を遣わし、方士は天と海を探して蓬莱山でようやく楊貴妃(仙人界では玉妃)を見つけ出すことが出来たのだが、玉妃からして見れば「此恨綿綿無絶期 」であったのだった。このように方士に見つけられ、玄宗皇帝と来世で出会わなければならない苦しみを玉妃は長く恨むことになる。
 これを「夢浮橋」巻と置き換えるならば、表氏が指摘される通りで玄宗皇帝が薫であり、方士が小君、そして楊貴妃が浮舟となる。それを『源氏物語』の作者は『長恨歌』と対抗するように、結末を敢えて拒絶、あるいは独立という形で締めくくられている。

   さらに聞こえむかたなく、さまざまに罪重き御心をば、僧都に思ひゆるしきこえて、
   今はいかで、あさましかりし世の夢語りをだに、といそがるる心の、われながらも
   どかしきになむ。まして人目はいかに。
   と、書きもやりたまはず。
    法の師とたづぬる道をしるべにておもはぬ山に踏みまどふかな
   この人は、見や忘れたまひぬらむ。ここには、行方なき御形見に見るものにてなむ
                          (「夢浮橋」巻・二七六~七頁)

浮舟の弟である小君を遣わした薫は、数々の罪障の御身を僧都の徳に免じて大目に見て差し上げることとして、と浮舟の今までの仕打ちを水に流すとしてやり直そうと迫っている。そして今は、思いも寄らぬ当時の夢のような思い出話なりとせめて、と思いせかれる気持ちが我ながらどうしたことかと思われるのです。まして、傍から見れば何と思われるでしょう、と再度浮舟への思いを強調している。浮舟の消息は僧都を通して明石の中宮にまで達し、浮舟を忘れられない薫に同情した明石の中宮はそれを伝え、そして僧都に尋ねによって導かれることになった。これは宿縁ではないかと、薫は和歌にも託して訴えている。そして肉親である小君は、私が行方知れずとなったあなたの忘れ形見として側に置いている者だと、情愛をアピールしている。
 しかし、浮舟は既に出家を遂げているので「その人にもあらぬさまを、思ひのほかに見つけられきこえたらむほどのはしたなさなどを思ひ乱れて」(同頁)と心が張り裂けそうになり泣き伏せる。

  「ここちのかき乱るやうにしはべるほど、ためらひて、今聞こえむ。昔のこと思ひ出
  づれど、さらにおぼゆることもなく、あやしう、いかなりける夢にかとのみ、心も得
  ずなむ。すこししづまりてや、この御文なども、見知らるることもあらむ。今日は、
  なほ持て参りたまひね。所違へにもあらむに、いとかたはらいたかるべし」 (同頁)

このように浮舟は妹尼に洩らし、今は気分がとても苦しゅうございますので、それが治りましたら、いずれ後ほど申し上げることにいたします。昔のことを思い出しても、何も心に浮かぶことなく、不思議で、どのような夢であったのかと思われますばかりに、何も分かりません。少し気持ちが落ち着きましたら、このお手紙も分かることもあるかもしれません。今日は、やはりこのままお持ち帰りください、と情に駆られそうで必死に抵抗を試みている。
 仏教では『華厳経』において女人は「地獄の使い」等と、女性は愛執の根本であり成仏の妨げになるとして女人不成仏が説かれていた。だが女人成仏を説く『法華経』、特に「妙法蓮華経提婆達多品第十二」を世の女性は尊重していたことであろう。さらに言えば、成仏の実相を顕した竜女は畜生成仏にもつながり、『涅槃経』の「一切衆生悉有仏性」を裏付けるものであった。
 竜女は文殊師利より『法華経』の布教を受けて菩提心を起こし、わずか八歳でありながら菩薩に必要な素質が具わって霊鷲山にまします釈尊のもとへ行く。竜女は釈尊に礼拝した後、世の人々に仏を讃える場面があり、『法華経』の功徳によって菩提を成じたと知らしめ、その功徳は、ただ仏のみがよくよく御存知であると宣言する。
 その時に智慧第一の舎利弗は、なぜあなた(竜女)は菩提を得ることが出来たのだろうが、そもそも女人は煩悩が旺盛なので、そのような器が無いはずではないかと根本的な疑問を投じる。また、瞬く間に菩薩の資質を備えるのが不思議で、女人は天上界や、まして仏界など到底叶うものではないと言われるのに、どうして竜女は即身成仏を得ることができるのだ、と質問する。
 すると竜女は宝珠を釈尊に供養した後、私(竜女)の成仏を見てあなた自身(舎利弗)の成仏であると返答し、その瞬間に男子と変わって十方世界の衆生に『法華経』を説くのを霊鷲山にいた者たちは見るのであった。
 現代から見れば荒唐無稽であろうが、当時の女性としては切実な願いであった。浮舟が薫を拒否したのも、ありのままを見ず上辺だけしか見てくれないと感じ取っていたからではないか。皮肉にも、薫は物語の始めは仏道を志していたが、大君や中の君、そして浮舟との恋愛の変遷によって色好みに迷い、「夢浮橋」巻にいたって死んだと思われていた浮舟を見つけたかと思えば、結局見つからないまま幕は下りる。
『法華経』で説かれる竜女の発心と即身成仏を浮舟と比べると、竜女は比較的自立していて将来が明るいのに対し、浮舟は出家の動機も不純のようであり、出家後も思い詰める日々が続くのであった。『源氏物語』の作者は迫りくる末法の暗い影を落とすように過酷な運命を浮舟に与え、現実はとても厳しいと訴えているように思うのである。

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『源氏物語』研究 8 [大学]

第三章 第二節 物の怪に憑かれた浮舟の夢
 浮舟が入水に至る経緯はこうであった。宇治から帰京した浮舟の母は弁の尼との会話の中で、

  よからぬことを引き出でたまへらましかば、すべて身に悲しくいみじと思ひきこゆとも、また見たてまつらざら   まし」(「浮舟」巻・六九頁)

 と、「東屋」で起きた匂宮との事件を念頭に述べて、期待の裏切ることがあれば親子の縁を切るという言葉を耳にした浮舟は胸がつぶれる思いをする。既に匂宮とは深い関係にあり、この事を話せば母親の期待を裏切ることになるが、また匂宮の執着から離れられる術もない。

  なほわが身を失ひてばや、つひに聞きにくきことは出で来なむ、と思ひ続くるに、こ
  の水の音の恐ろしげに響きて行くを(中略)誰も誰も、あへなくいみじと、しばしこ
  そ思うたまはめ、ながらへて人笑へに憂きこともあらむは、いつかそのもの思ひかく
  るには、障りどころもあるまじく、さはやかによろづ思ひなさるれど、うちかへしい
  と悲し                           (同頁~七〇頁)

浮舟は、やはりこの身を亡くしてしまいたい、でないと、結局は世間の物笑いになるようなことが起こるだろう。匂宮は、どうでも無理を通されるに違いないと思い、すぐそこに流れる宇治川の音が、恐ろしげな響きを立てて流れるのを(中略)母君をはじめ、薫や匂宮などもあっけなく悲しいと当分の間くらいはお思いになるだろう。だが、生きながらえて、世間の物笑いになるような情けないことが起こったら、いつその悲しい物思いの消えることがあろう、とそこまで考えてくると、死ぬのは何の差し障りもありそうになく、万事さっぱりと片付くように思われるけれども、また思い返してみると悲しい、とこの時点で入水を思い立っている。と同時に、世間から物笑いされるのではないかと繰り返し不安に感じている。それは最初の結婚の失敗で受けた傷跡から来ているのであろう。
 それから匂宮の使者と薫の使者が鉢合わせになってしまい、その後の随身から受けた報告により薫は匂宮と浮舟の関係を知ると詰問の手紙を浮舟に出した。また右近が実の姉の事件を持ちだして「上も下も、かかる筋のことは、おぼし乱るるはいとあしきわざなり」(「同・八〇頁)と諌めている。しかし、それでも浮舟は「まろは、いかで死なばや。世づかず心憂かりける身かな」(同・八三頁)と思い詰めるほかなかった。
 浮舟がまず思い浮かべたのが匂宮であった。

  ありし絵を取り出でて見て、描きたまひし手つき、顔のにほひなどの、向ひきこえた
  らむやうにおぼゆれば、昨夜一言をだに聞こえずなりにしは、なほ今ひとへまさりて、
  いみじと思ふ。                        (同・九三頁)

この前に匂宮が描いた絵を取り出して見て、お描きになった手付きや顔の美しい色艶などが、目の前にお会いしているように思うので、昨夜、一言も申し上げずに終わったことは、やはり一段とまして悲しく思われると、心に焼き付いている。また手紙も匂宮に残しているし、母親に対しても返歌を残している。薫のことについては「かの、心のどかなるさまにて見む、と行く末遠かるべきことをのたまひわたる人」(同頁)と、印象はやや薄らいでいる。
 浮舟がいかに匂宮に恋焦がれていたかは、物の怪に取り憑かれた後の記憶がよみがえる場面で分かる。

  いといみじとものを思ひ嘆きて、皆人の寝たりしに、妻戸を放ちて出でたりしに、風
  はげしく、川波も荒う聞こえしを、独りもの恐ろしかりしかば、来し方行く末もおぼ
  えで、簀子の端に足をさしおろしながら、行くべき方もまどはれて、帰り入らむも中
  空にて、心強くこの世に亡せなむと思ひ立ちしを、をこがましくて人に見つけられむ
  よりは、鬼も何も食ひて失ひてよ、と言ひつつ、つくづくとゐたりしを、いときよげ
  なる男の寄り来て、「いざたまへ、おのがもとへ」と言ひて、抱くここちのせしを、宮
  と聞こえし人のしたまふとおぼえしほどより、ここちまどひにけるなめり、知らぬ所
  にすゑ置きて、この男消え失せぬ、と見し
                           (「手習」巻・一八八~九頁)

浮舟はおぼろげではありながら淡々と記憶を語る。何と辛いことかと悲しい思いをいだいて、皆が寝静まっている時に、妻戸をあけてみると風が強く吹き、川の波も荒々しく聞こえたが、ひとりぼっちで恐かったのでと、浮舟の孤独な心が反映されている。その後に続く言葉も、まさに棹のない舟の如く飄々とした業を浮舟は嘆き、鬼でも何でも良いから私を食べて殺してほしいと心底訴えていた。しかし、そこに現れたのはとても美しそうな男が手を差し伸ばして誘い、浮舟を抱くのであった。これは橘の小島のほとりで匂宮に抱かれた感覚が残っていたのであろうが、しかし、浮舟の記憶はまだぼんやりとしているから、はっきりと匂宮とは断定できない。ただ、強烈に記憶に刻まれていたのは匂宮だということである。
 これに関して久富木原玲氏は次のように解釈されている。
   ここで浮舟のこの神秘の体験に現れる「いときよげなる男」が「宮」だと認識さ
  れている点に注目したい。男は「いざたまへ、おのがもとへ」と言って寄って来て、
  抱き上げたような気がした、そしてどこかわからない所に自分を座らせたと感じてい
  る。物の怪に憑依された浮舟は、「宮」に誘われて声をかけられ抱かれていると思い、
  「官能的陶酔」を味わっているのであり、性的体験として受け止めているのである 。
浮舟が回想する前の、僧都が物の怪を退治する際に物の怪は、自分が生前僧侶であってがこの世に恨みを残したので宙にさまよい、宇治の八の宮邸に住みつき大い君を取り殺したと告白し、また浮舟が死にたがっていたのを付け込んで憑いたという。大い君の死にそのような記述はなく、自滅するようにはかなく世を去っただけであった。
 浮舟が物の怪に取り憑かれたのは、死にきれなかったが故に、その物の怪と境界が呼応して離れられなかったのであろう。せめて死ぬのであれば、その直前に人生の一コマを思い出しても不自然ではない。つまり、物の怪に取り憑かれる間は「官能的陶酔」によりこの世に恨み残さずあの世へ行けるだろうと浮舟は思っていた。しかし、願い空しく死に切れることなく、この世に留まることとなる。この苦しみあふれる俗世から離れるためには、もはや出家の道のほか無かった。
 浮舟が物の怪に取り憑かれていた夢は、人間の(そして女性の)根本的な欲望の表れだったのであろう。

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『源氏物語』研究 7 [大学]


第三章 浮舟と物語の結末

    第一節 夕顔と浮舟の類似性
 『源氏物語』正編では光源氏を中心とする、源氏に愛された女性たちそれぞれの物語であった。その続編となる「匂兵部卿」巻・「紅梅」巻・「竹河」巻と、そして宇治十帖は光源氏の孫にあたる匂宮と不義の子である薫が主人公へと変わり、いわば源氏の家の歴史 が必要に応じて紡ぎだされたものであろう。作者の試みは興味深く、光源氏の性格を匂宮と薫の二人に分けられて、宇治を舞台に大君と中の君、そして浮舟の三人を中心に作者が正編で訴えたかったことを補完するように作られたのであろう。
 既に「若菜」巻以降の第二部と宇治十帖の関連性が指摘 されているので、ここでは第一部の、特に夕顔と浮舟との造形を比較する事とする。
 夕顔は「帚木」巻で頭の中将より語られた常夏の女であり、頭の中将の北の方に憚って身を隠し、山里へ移ろうとしたところに方違えのために五条の宿に住むこととなった。そして、たまたま源氏の車が五条の宿の前に停まっていた所が縁で、源氏と夕顔の激しい恋の物語が始まる。
浮舟は東の国で育ち、継父である常陸介のもとで暮らしていた。浮舟の母中将の君は、自分の娘を思って左近少将という者を婿に迎え入れようとしたが、乗り気だった左近少将は浮舟が常陸介の実子で無いと知り縁談は破たんとなった。中将の君は娘を哀れに思い、中の君を頼って二条院に預けることにした。そこで匂宮と薫の姿を隙見した中将の君は、浮舟の結婚に高い理想を持ち始め、中の君も薫を浮舟に勧めるのであったが、そこに偶然匂宮が浮舟を発見してしまい、悲劇的な恋の物語が幕を開ける。
 これを仮に宇治十帖と置き換えることができるのであれば、源氏は匂宮となり、頭の中将が恐らく薫の性格になるだろう。しかし、夕顔は過去と現在との時間に隔たりがあるので源氏と頭の中将との間に揺れることは無かったが、浮舟物語では現在進行形で薫と匂宮の間にすこぶる揺れ動きがあり、女性の業を嘆き悲しんだ。作者が訴えたかったところは茲にあるのだろう。
 夕顔の印象はほとんど外部からの印象が多く、夕顔自身が思量するところは少ない。

 (源氏は)いとめやすくしづめたまひて、人のとがめきこゆべきふるまひはしたま
 はざりつるを、思ひわづらはれたまへば、かついともの狂ほしく、さまで心とどむべ
 きことのさまにもあらずと、いみじく思ひさましたまふに、人のけはひ、いとあさま
 しくやはらかにおほどきて、もの深く重きかたはおくれて、ひたぶるに若びたるもの
 から、世をまだ知らぬにもあらず、いとやむごとなきにはあるまじ、いづこにいとか
 うしもとまる心ぞ                   (「夕顔」巻・一三七頁)

源氏は粗末な身なりをして夕顔のもとへ通うのだが、いつもの色好みとは違い、人から非難されるようなことはしないはずだが、不思議と朝の間や昼間に逢わない間でも逢いたい気持ちで気が気ではない。また、それほど熱中するほどではないと冷静になりつつも、それでも夕顔の驚くほど従順な性格で、あどけなく、かつ男女の仲を知らないわけでもない。たいして身分が高くないのに、どこまで心惹かれていくのだろうかと、源氏はひどく思い悩む。
 匂宮は浮舟に強く言い寄ったあとの、浮舟を思い返すところで「ことことしきほどにはあるまじげなり」(「浮舟」巻・十一頁)と感じている。そこで中の君宛に届いた浮舟からの手紙をきっかけに、また匂宮は薫が宇治に女を隠していることを耳にし、宇治へと足を運び匿われている邸に垣間見をする。

 君は、かひなを枕にて、火をながめたるまみ、髪のこぼれかかりたる額つき、いとあ
 てやかになまめきて                      (「同・二四頁)

浮舟が腕を枕にして灯を憂わしげに見ている目元、髪のこぼれが掛かっている額つき、とても気品があってあでやかであると、匂宮から見た浮舟の色気ある印象であった。薫の声を真似て部屋に入り込んだ匂宮は浮舟と一晩を迎え、「京にはもとめ騒がるとも」(同・三〇頁)となりふり構わずの熱情で浮舟の虜となっている。
 夕顔と浮舟の接点は受領階級のほかに、天下の色男を思い悩ませるほどの魔性があることが分かる。また、次のように相手に従順である事も理解せられよう。
 相変わらず覆面をして正体を明かさない源氏に夕顔は嘆きつつも「人の御けはひ、はた、手さぐりもしるきわざなりければ、誰ばかりにかはあらむ」(「夕顔」巻・一三八頁)と心のゆとりがあり、某院に連れ出すときも抵抗はしなかったし、「怨みかつはかたらひ暮らし」(同・一四七頁)たのだった。夕顔は「かかるありさまを思ひのほかにあやしきここち」(同頁)と、源氏と巡り会えたことに宿世を感じていた。
 浮舟では、二条院で襲われかけた匂宮のことを、薫に匿われていた邸で薫を装った匂宮と一晩を過ごし、その翌日でも二人だけの時間を過ごした。

   例は暮らしがたくのみ、霞める山際をながめわびたまふに、暮れ行くはわびしくの
   みおぼし焦らるる人にひかれたてまつりて、いとはかなう暮れぬ。まぎるることなく
   のどけき春の日に、見れども見れども飽かず、そのことぞとおぼゆる隈なく、愛敬づ
   きなつかしくをかしげなり                (「浮舟」巻・三五頁)

浮舟は、いつもは時間を持て余して、霞の立ちこめる山裾を見やっては物思いに沈んでいるのに、日が暮れていくのが侘びしいとばかり思い焦がれている方に自然と釣りこまれ申して、知らぬ間に日が暮れてしまった、と匂宮との情事が身に染めているのである。匂宮も誰にも妨げられることもないのんびりした春の日に、いつまで見ていても見飽きず、どこ一つ難があると思われるところもなく、愛らしくてやさしく女らしい風情があると感心している。
 情熱的な匂宮に惹かれつつも、薫への愛を裏切ることが出来ない浮舟は板挟みとなる。それを端的に表わしているのが「女は、今より添ひたる身の憂さを嘆き加へて、かたみにもの思はし」(同・四七頁)であり、その前にある薫の「男は、過ぎにしかたのあはれをもおぼし出で」(同頁)は亡き大君を浮舟と重ねて見て、浮舟自身を見つめてはいない。この二人のすれ違いが、源氏と夕顔の関係を想起することが出来るかもしれない。
 夕顔は某院で物の怪に取り殺されてしまい、浮舟は入水未遂で一命を取り留めるが、俗世から逃れるために出家の道を選ぶことになった。どちらも死とは無関係ではあるまい。『源氏物語』の作者は恋物語において、男性の身勝手な愛に翻弄せざるを得ない女性の業の悲哀を訴えたかったのではないか。夕顔はまだ初期の段階にあり、浮舟に至ってはじめて円熟された人物造形のように思えるのである。


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『源氏物語』研究 6 [大学]



第二章 第三節 六条院が建てられた意義
 六条院が完成されたのは「少女」巻の終盤に差し掛かったところであり、「八月にぞ、六条の院造」(「少女」③・二七三頁)られたとあり、季節は秋頃であった。そこはかつて六条御息所が住まわれていた土地が含まれており、「中宮の御古宮なれば、やがておはしますべし」(同頁)と斎宮の女御が六条御息所ゆかりの土地に住まう事になる。
 また源氏も秋という季節には六条御息所との関わりがあり、伊勢へ下る前の野の宮に訪れたときや、斎宮の女御を託して世を去るときも秋であった。
 「薄雲」巻では春秋優劣論が話題に上ったとき、斎宮の女御は源氏の問いに対して、
   まして、いかが思ひ分きはべらむ。げに、いつとなきなかに、あやしと聞きし夕
   こそ、はかなう消えたまひにし露のよすがにも思ひたまへられぬべけれ。
(「薄雲」③・一八二頁)
と、御息所が亡くなった秋の季節に心を寄せていることが分かる。また、源氏が紫の君に、
  女御の秋に心を寄せたまへりしもあはれに、君の春の曙に心しめたまへるもこと
  わりにこそあれ。時々につけたる木草の花によせても、御心とまるばかりの遊び
  などしてしがなと(後略)」              (同・一八四~五頁)
と話し、六条院造営のきっかけ、また「少女」巻の斎宮の女御と紫の君との春秋優劣の和歌のやり取るが起こる所以となっている。源氏が意図した六条院の一つには、季節に即したそれぞれ源氏の女性たちの、嗜んだ風流を競わせようと考えていたのかもしれない。
 その構想を源氏が考えたときに、ふと六条御息所の居所を思い浮かべたのかもしれない。斎宮の女御は六条御息所の血を受け継ぐ者であり、たった一人残された形見である。しかも、母親を恋慕する心が強く残っているから秋を好んだのであろう。それに六条御息所から遺言を託されており、恐らくは六条御息所が未練を残して世を去ったのではないだろうかと案じていたのかもしれない。とにかく、託された遺言を源氏は果たさなければならなかった。
 六条京極のわたりに、中宮の御古き宮のほとりを」(「少女」巻③・二七二頁)の箇所で『湖月抄』の諸注では、まず『細流抄』に「御息所の舊跡也」((中)「乙女」巻・二八六頁)と、『花鳥余情』には「六條御息所の住み給ひし所也。其宮を六條院四面八町の中につくり入れられたる也」(同)、また『河海抄』を引いて「うつぼ物語ニ云ク、紀伊國むろの都に、神南備(カミナヒ)の種公(タネ)と云ふ長者、吹上の濱のわたりに、四面八町の内におほとのをつくりかさねてみし。相似たり」(同・二八七頁)とある。さらには、「八月にぞ、六条の院造り果ててわたりたまふ」と六条院が完成された箇所で『集成』の注釈には、「六条の院は、源融の造営した河原の院に模したものか、河原の院は六条の院とも呼ばれ、一世の源氏の造営した点も似ていると、『河海抄』はいう」(「少女」巻③・二七三頁)とある。諸注釈では六条御息所の居所であること、六条院にはモデルが少なくとも二例あることを挙げており、物語文学の継承と歴史事実のもとの着想を伺うことが出来る。
 このように表向きは華やかに彩られているが、裏では鎮花祭といった、いわゆる恐れられる神や霊などの超自然的な力を具える存在に守護的な役割を果たそうとする儀式がある。これについて折口信夫氏は「ものゝけ其他」に、
  此は大神・狭井兩者を祭つて、春季に浮動する惡神を防ぎ遏へようとしたもので、
  三輪神の荒魂・和魂の力を借りて邪靈を鎮めようとするのだと言ふ見解もあつた。
  だが大神及び狭井の神は、宮廷以前に、大和の地を持つてゐた神々であるから、春
  三月櫻の花の咲き散る頃になると、神の靈が浮動して荒びたものであらう。
        (『折口信夫全集第八巻』中央公論社 一九六六年 三一九~二〇頁)
と解説されている。源氏が「初音」巻や「胡蝶」巻で六条院に豪華絢爛な雅を催したのは、古来よりあった鎮花祭を執り行うことによって荒ぶる魂を鎮めようとしたのだろう。
その表現も仏教要素が含まれており、極楽浄土をこの世に実現されたかのように六条院は華やかに幕を開くのだった。このように考えていくと、夕顔の忘れ形見である玉鬘が六条院に引き取られるのもうなずく所がある。
 しかし、光に満ちていた六条院もやがて影を落とすようになり、六条御息所が死霊となって紫上や女三の宮に取り憑いて源氏を苦しめる。源氏は六条御息所の遺言を何とか遵守したのだが、「若菜下」巻において死霊として出現した六条御息所は「なほみづからつらしと思ひきこえし心の執なむ、とまるものなりける」(「若菜下」巻⑤・二一八頁)と語っている。秋好中宮をお世話してもらい感謝を述べていると同時に、六条御息所が成仏できずにさまようのは、子を深く思うよりも源氏への執着が残っていると打ち明けている。死霊出現のきっかけは不鮮明であるが、冷泉天皇と秋好中宮との間に子どもがいなかったこと や、秋好中宮と明石君を守護する働きとして紫上と女三の宮を祟り、家霊としての役割を果たす 等が要因となっており、生前に辱められたことを雪ぐように源氏を苦しめているのであろう。まさに、女性の業というものがまざまざと見せつけられる描写である。


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『源氏物語』研究 5 [大学]

※ただいま機関紙の記事を草稿中なので、しばらくソネブロの皆さまへのご訪問が遅くなります。
 たいへん申し訳ありません。



  第二章 第二節 八月十五日前後のヒロインの死について
 源氏のヒロインで八月十五日前後に物の怪によって亡くなるのが夕顔と葵上、そして紫上である。そのほとんどが六条御息所と関わっており(夕顔頓死事件も含まれるかはここでは触れない)、取り憑かれる側の心理状態も源氏に対して不満や後ろめたさ等の悩みを抱えていた。八月十五日といえば『竹取物語』でかぐや姫が月へ昇天する日であり、この日の俗信では先祖の神霊が訪れると信じられていた。作者が意図するところはヒロインの物語から幕を引くために、人智を超えた超自然的な働きがあると考えられる月日を選んだのだろう。
八月十五日の物の怪事件についての考察は紙面が限られているので、ここでは葵上と紫上を取り上げる事とする。
 葵上は父が左大臣、母方が天皇と同腹の宮であるので内親王に次ぐ身分の高さであった。しかし、「桐壺」巻で桐壺帝と左大臣とによって臣下に下った源氏と政略結婚する事となる。その時の葵上は「すこし過ぐしたまへるほどに、いと若うおはすれば、似げなくはづかしとお」(「桐壺」巻・三十九頁)もっており、最初から源氏とは馴染めなかったのだ。
 源氏の葵上の印象としては、
  人のけはひもけざやかにけ高く、乱れたるところまじらず、なほこれこそは、かの、
  人々の捨てがたく取り出でしまめ人には頼まれぬべけれ、とおぼすものから、あまり
  うるはしき御ありさまの、とけがたくはづかしげに思ひしづまりたまへるを、さうざ
  うしくて                      (「帚木」巻・八十~一頁)
と、葵上の様子も端正で気品があり、何事もきちんとしており、やはりこの人は、あの人々が捨てがたく取り上げた実直な妻としては頼りに出来るだろう、と思っている。しかしその反面、あまりにも隙のない態度であるので、なかなか打ち解けず気づまりな程に取りすましているのが源氏は物足りないとこぼしている。
 また「若紫」巻では久々に左大臣邸に来た源氏なのだが、葵上は父の催促によってようやく姿を現すのだった。
   ただ絵に描きたるものの姫君のように、しすゑられて、うちみじろきたまふこともか
   たく、うるはしうてものしたまへば、思ふこともうちかすめ(中略)世には心も解け
   ず、うとくはづかしきものにおぼして           (「若紫」・二〇八頁)
葵上の様子はただただ物語絵の絵にに描かれたような姫君で、周囲の女房のお世話で座に座らせらてたまま、身動きもたやすくおできにならず、きちんとお行儀よくしているのだけれども、源氏に対しては少しも打ち解けず、よそよそしく気づまりなお相手だと、このように書かれている。結婚してから約六年が経っており、夫婦の中では一層隔たりが感じられる。「紅葉賀」巻に至って、葵上は源氏が若紫を二条の院に引き取ったことを人づてに伝わり、「いと心づきなしとおぼいたり」(「紅葉賀」巻・十六頁)と不愉快に感じている。さらには「やむごとなくおぼしさだめたることにこそはと、心のみ置かれて、いとどうとくはづかしくおぼさるべし」(同・二十二頁)と、若紫のことを神経にとがらせ、ますます源氏を疎く感じただろう。しかし、後の文で「御心のへだてどもなるべし」(同頁)とあるように、実際は源氏と葵上がそれぞれお互いの心の隔たりから生じたものであった。お互いが高貴であるためにプライドが高く、反目し合うことが多かったゆえに「葵」巻でやっと夫婦らしさが芽生えた途端の悲劇性は増していく。「花宴」巻ではもう「大殿には、例の、ふとも対面したまはず」(「花宴」巻・五十七頁)と、険悪ムードがある。時間の経過と共に登場人物の心境の変化を表した、非常に作者の手が込んだ構想である。
 車争いの後、葵上は出産の前に六条御息所の生霊に悩まされ、源氏は葵上を「いとをかしげにて、御腹はいみじう高うて臥したまへるさま、よそ人だに、見たてまつらむに心乱れぬべし」(「葵」巻・八十五頁)と今まで正妻に対しての気遣いが無かったかと反省し愛しく思っている。しかし、夕霧を出産した後に、源氏が退室した隙を狙われて命を落とすこととなる。源氏が左大臣邸を去っていき、左大臣は残された筆跡を見つけると「長恨歌」と関連のあるものが書かれていた。
   「旧き枕故き衾、誰とともにか」とある所に、
   なき魂ぞいとど悲しき寝し床のあくがれがたき心ならひに
   また「霜の花白し」とある所に、
   君なくて塵つもりぬるとこなつの露うち払ひいく夜寝ぬらむ   (同・一一〇頁)
ここで「長恨歌」が引かれていることは有名で、正妻を亡くした源氏のもの悲しさが切実に表現している。しかし、その後には成長した若紫と新枕を交わすこととなっており、物語が葵上から若紫、つまり源氏の妻としての紫上へと移行していく。そのためにも葵上は物語から退かなければならず、その切り替えの手段として「長恨歌」が使われているのである 。
 紫上の場合、源氏の正妻として降嫁した女三の宮に、源氏からの愛が脅かされ絶望の淵にもがきながらも、六条院の秩序を守ることに誇りとして頼っていた。だが、すでに紫上は厄年の前に差し掛かっており、「今は、かうおほぞうの住ひならで、のどやかに行ひをもとなむ思ふ。この世はかばかりと、見果てつるここちする齢にもなりけり」(「若菜下」巻・一五二頁)と、出家の道を度々源氏にもらしていた。しかし、心底お慕いしていた藤壺の、その姪である女三の宮の事に心を動かされた源氏は、その女三宮のあまりにも幼さに失望すると同時に、紫上への愛着の深さを自覚し、紫上が出家されたら心許ない。紫上からしては、今世の絆しから逃れられたい思いがあっただろうし、やはり厄年の節目を念頭に思い浮かべていただろう。
 翌年の女楽の次の明け方、紫上は突如として発病し重体に陥る。やがて二条院に移り手厚く看病されるのだが、その間に六条院は手薄になり、例の女三の宮と柏木の密通事件が起こる。その原因を辿れば六条御息所が六条院をずっと宙をさまよい、またそれを見続けて源氏に隙入ろうとしたのだが、神仏の加護が強いゆえに紫上や、後に出家をしてしまう女三の宮に取り憑いて源氏を苦しめるのであった。
 紫上が死霊に取り憑かれるきっかけとなったのが、女楽の後に源氏が紫上に、
   心ゆるびなくはづかしくて、われも人もうちたゆみ、朝夕のむつびをかはさむには、
   いとつつましきところのありしかば、うちとけては見おとさるることやなど、あまり
   つくろひしほどに、やがて隔たしり仲ぞかし。いとあるまじき名を立ちて、身のあは
   あはしくなりぬる嘆きを、いみじく思ひしめたまへりしがいとほしく
                          (「若菜下」巻・一九一~二頁)
と、六条御息所について語ったことにある。それを紫上に取り憑いていた六条御息所は、
   思ふどちの物語のついでに、心よからず憎かりしありさまをのたまひ出でたりしなむ、
   いとうらめしく、今はただ亡きにおぼしゆるして、異人の言ひおとしめむをだに、は
   ぶき隠したまへとこそ思ひしばかり            (同・二一七~八頁)
と、ただでさえプライドが高く、自分の名誉を傷付ける言葉を発した源氏を許さなかったに違いない。
 また女三の宮が出家して後の六条御息所の死霊が出現した際に発した言葉が、
   「かうぞあるよ。いとかしこう取り返しつと、一人をばおぼしたりしが、いとねたか
   りしかば、このわたりに、さりげなくてなむ、日ごろさぶらひつる。今は帰りなむ」
   とてうち笑ふ。                  (「柏木」巻・二八六~七頁)
と、生前と死後の屈辱を雪いだように勝ち誇らしげに去っていくのだった。源氏はまざまざと女性の業を見せつけられたことだろう。
 「御法」巻でいよいよ紫上は自らの死期を感じて、残り僅かの命を仏に捧げたいと願い出るが、源氏はなおも紫上の出家を許すことはできなかった。紫上は女人成仏が説かれる『法華経』を千部の供養を行い、後生を祈願するのだが、儚くも八月十四日にこの世を去る。しかし、わざわざ亡くなった登場人物の日にちが記されているのは意味深長のように思える。その作者の意図を考えると、もう既に物語正編の終盤であり、祖霊が訪れる八月十五日の前日の最愛の人である紫上の死によって、光源氏の物語の終わりを告げる象徴として印象付けたかったのだろう。

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『源氏物語』研究 4 [大学]

   第二章 六条御息所の生霊・物の怪と鎮魂

   第一節 夢と生霊
 六条御息所の名が正式に現れるのは「葵」巻であり、漠然とした「六条わたり」の女性から人物造形がおおよそ固まった。もちろん、年齢に矛盾が呈しているのは古来より問題点であるが、先達の優れた論文が数多にあるので省略する。この章では六条御息所の生霊・怨霊を中心に考察する。
 光源氏から日に日に遠のかれて懊悩する六条御息所が、斎院御禊の日に起きた葵上との車争いで、ひどくプライドを傷つけられたことが発端で生霊事件がはじまる。

  斎宮の御母御息所、ものおぼし乱るるなぐさめにもやと、忍び出でたまへるなりけり。
  つれなしつくれど、おのずから見知りぬ。「さばかりにては、さな言はせそ。大将殿
  をぞ豪家には思ひきこゆらむ」など言ふを、その御方の人もまじれれば、いとほしと
  見ながら、用意せむもわづらはしければ、知らず顔をつくる。
   つひに御車ども立て続けつれば、ひとだまひの奥におしやられて、ものも見えず。
  心やましきをばさるものにて、かかるやつれをそれをそれと知られぬるが、いみじう
  ねたきこと限りなし。                   (「葵」②・七〇頁)

ここで「斎宮の御母御息所」と草子地 が入り、語り手は初めて御息所の存在に気付いた のだろう。文字通り御息所は「おぼし乱る」女性であり、物語を超えて現実味を強く帯びている人物である。しかも、桐壷院の弟であった前坊の后だから、身分も威厳も高い。また源氏との情事があるのは周知のことであったのだが、この辺りでは恐らく破たん寸前であっただろう。
 御息所は「つれなしつく」ったのだが、もはやお忍び所ではなくなってしまった。そして葵側方から「大将殿をぞ豪家には思ひきこゆらむ」と決めつけられ、その中に源氏の方の者も供人としてその場にいたのだが、御息所を哀れに思いながらも、ここで仲裁に入ってはかえって煩わしいとして見て見ぬふりをしてしまう。
 ついには葵上方の車が立て続けに乗り入れられてしまい、御息所の車はお供の車の奥に押しやられて何も見えない状態になってしまった。御息所は不愉快なのは言うまでもなく、人目を盗んで外出したのに微行の姿を自分だと知られてしまったことが、しゃくなことこの上もない、と葵上方の車に睨みつけていただろう。「心やましき」について『源氏物語大辞典』では「①(自分の思いどおりにならなくて)不満だ。じれったい。②(相手の言動が)不愉快だ。忌々しい」とある。ここでは②の意であろう。御息所にとって葵上は目の上のこぶとまでは言えないだろうが、車争いの件があり、まして源氏の正妻である。意識無意識にかかわらず御息所の心には辱めを受けた傷が、後の生霊事件に抽象的な噂話から傷口に塩を塗られるように胸を痛める。

   大殿には、御もののけいたう起こりて、いみじうわずらひたまふ。この御生霊、故
  父大臣の御霊などいふものありと聞きたまふにつけて、おぼし続くれば、身一つの憂
  き嘆きよりほかに、人をあしかれなど思ふもなけれど、もの思ひにあくがる魂は、さ
  もやあらむとおぼし知らるることもあり。             (同・八二頁)

このように葵上の身にはもののけが跳躍し、たいへん患わっている状態にある。その事を周囲の者は車争いの一件から御息所が生霊として現れているのではないか、またその御息所の亡き父大臣の御霊ではないかと思わしくない噂が、広まりに広まって御息所の耳まで入る。ここで初めて御息所の父親が大臣であったことが伺え、葵上の父・左大臣との政治的な確執があったように思われる。
 御息所は極端に思い詰める性格であってか、我が身一つの悲しく嘆くほかに、葵上の不幸であれなどと思う気持ちはないが、悩み事があると体を離れていくという魂は、そのようなことがあるだろうか、と思案をめぐらす。そして「すこしうちまどろみたまふ夢」(八十三頁)で御息所は生々しい夢を見るのである。

  かの姫君とおぼしき人の、いときよらにてある所に行きて、とかく引きまさぐり、う
  つつにも似ず、たけくいかきひたぶる心いできて、うちかなぐるなど見たまふこと、
  度かさなりにけり。                         (同頁)

『源氏物語大辞典』では「ひきまさぐる」の用例として掲げられ、「葵の上がどこにいるかを捜しているさま」と記されている。実におどろおどろしい表現である。現実とは異なり、猛々しく荒々しい心が涌き出ては、葵上を手で強くつかんで引っ張るなどの夢を度重なり見るのであった。恐らく、御息所が現実に対して抑えつけていた感情を夢の中で遺憾なく発揮してしまったのだろう。それがついに源氏の前で姿をあらわす事になり、

  いとあやしとおぼしめぐらすに、ただかの御息所なりけり。あさましう、人のとかく
  言ふを、よからぬ者どもの言ひ出づることと、聞きにくくおぼしてのたまひ消つを、
  目に見す見す、世にはかかることこそはありけれと」  (同・八十六~八十七頁)

と、下々の聞くに堪えない御息所の噂話を否定し御息所を信じていたが、もはや疑う余地はなくなったのだ。しかし、御息所を生霊として見たのは結局源氏であった。「夕顔」巻の「いとをかしげなる女」と同じ(今回は現実に目の当たりした点と違うが)であるはずだが、もしそうなれば、ここでも某院で起きた頓死事件を想起されるべきであるが言及がない。ただ名乗りを聞き、生霊が御息所と同じ様子であると分かると、物の怪の力が消えて葵上の病は快復へと向かうのであった。
 だが、無事出産を終えた葵上はやはり世間の注目の的であり、御息所の心は穏やかではなかった。「われにもあらぬ御ここち」で、邪気払いに焚く芥子の香が体に染みつき、源氏も日が経ってから自分に過失があったのではないかと尋ねてくるが、それでもなお御息所の心は乱れたままであった。恐らく、また物の怪として出来するのではないかと源氏は恐れていただろう。
 しかし、秋の司召により左大臣邸の中は人が少なくなる頃に葵上は急逝した。これはやはり、物の怪の正体を知っていた光源氏が退出してしまった隙に起きた悲劇であろう。「夕顔」巻と同様に、「光」である源氏が窮地にあるヒロインの側から離れてしまうのは、ヒロインにとって命取りになることなのである。
 六条御息所は「六条わたり」や「六条京極わたり」と抽象的なものから、「葵」巻に至って六条御息所の名称と人物造形が明確に確定されて、今後の物語について重要な役割を果たす事となる。特に生霊や物の怪、死霊という物語の特異な人物として新たな挑戦を作者は課したのではないだろうか。


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『源氏物語』研究 3 [大学]

第三節A・ウェイリー訳「いとをかしげなる女」試論
 私は「いとをかしげなる女」について、別の視点としてアーサー・ウェイリー訳のテクストを用いて考察を試みる。なお、テクストはThe Tale of Genji VOLUME ONE (Translated from the Japanese by Arthur Waley,CHARLES E.TUTTLE COMPANY,1970)を用いた。
 このウェイリー訳は、英訳に誤りがあるとして知られている。しかし、ドナルド・キーン博士は『古典を楽しむ 私の日本文学』において、
   七、八年前にサイデンステッカーさんの英訳が出ました。この翻訳は立派なものです。しかも私の知っている限り、誤りはありません。しかし私が読むときに、それは翻訳だという意識があります。大変優れた翻訳ですが……。ウェイリー先生の方は翻訳であることを忘れます。あるいは翻訳として読むべからざるものなのかもしれません。ちょうど明治時代に名訳というものがあったように――。たとえば永井荷風がフランスの詩を訳したとき、完全な日本語になっていて、何も外国臭いところがなかった。原文とかなり離れているけど、しかし名訳だ、というのが明治時代によくありました。それと同じようなものです。       (「『源氏物語』と私」一九頁)
と、あくまで「自然な翻訳」として英訳に臨まれたと評価されている。という事は、『源氏物語』の原文を尊重しつつも、ウェイリー独自の視点、あるいは英語圏の文化に則した意識が加わっているのではなかろうか。日本で様々な意見が割れる「いとをかしげなる女」が、「翻訳」でどのように捉えたかを考察する。

 源氏が夕顔を某院に連れ出して明くる日の、夕べの空で、夕顔が妖気を感じ取るところから始める。
It was an evening of marvelous stillness. Genji sat watching the sky. The lady found the inner room where she was sitting depressingly dark and gloomy.
それはとても不思議な、しんとした静かな夕べでありました。源氏はお座りになって夕べの空をご覧になる。女の方は、暗い奥の間に何かが居座っていて、気が滅入るくらい邪悪で憂鬱なものを感じ取りました。
 Eveningの単語は通常日没から就寝時間まで使われるが、やはりここの場面は日没の薄明かりである事は間違いないであろう。夕焼けの薄明るいのと同時に、部屋の奥からただならぬ雰囲気がある事を夕顔が察知したところを、英訳では「闇」の表現が反復されている。つまり、depressingly(陰うつに), dark(暗闇・邪悪な), gloomy(憂鬱な)の三つの単語がそうである。単語の意味を連想しただけでも、生気がほぼ無いことを感じさせる。
 しかし、その前にある表現を注目したい。The lady found the inner room where she was sitting depressingly dark and gloomy.これをそのまま直訳すれば、「女性は、彼女が重苦しくて暗い状態で座っていた奥の間を見つけた」となって少し意味が通じない。このsheは恐らくitの代用か、あるいは「その人が」のどちらかであろう。私はこのsheを「何かが」とのように訳した。
仮に「その人が」もしくは「何者かが」とのように訳すと、そこに誰かがいるというニュアンスがある。それは生身の人間に近い雰囲気が漂い、ここに描写されている得体が知れないものに対しての恐怖がやや欠ける。
恐怖は、漠然とした雰囲気から不安に駆られるものではなかったか。無論、某院の暗く鬱蒼とした木々や水草に埋もれた池などの不気味な視覚的恐怖もある。そのような荒れ果てた環境の中で、闇にうごめく何かが、源氏と夕顔の情を交わしているのをじっと見ている。漠然と、しかし夕顔が本能的にそれを察知していた恐怖を、「何者かが」という訳よりも、不定の多くのものの意を含む「何かが」といった方が物の怪らしく感じられる。
次は、物の怪が出現する前の、源氏が夕顔と六条御息所の二人の性格を無意識に比べる箇所を比較する。
Then there was the great lady in the sixth Ward. What a frenzy she must be in!
This time, however , she really had good cause to be jealous. These and other unp-
leasant considerations were crowding into his head, when looking at the girl who
lay beside him so trustfully, unconscious of all that was going on in his mind, he
was suddenly filled with an overwhelming tenderness towards her. How tiresome
the other was, with her eternal Susceptibilities, jealousies and suspicions! For a
while at any rate he would stop seeing her.
(宮中ではどんなに自分をお捜しでしょうか)その一方で、真にその名にふさわしい六条辺りの貴婦人は、どれほど心を取り乱していらっしゃるだろうか! 今回は、しかしながら、本当に嫉妬深くしている正当な原因がありました。これらのものと、また他の不愉快と思えるくらい鬱陶しい心遣いを頭の中へ追いやった。傍に寄り添い、とても信じて疑わない夕顔を見ていると、心の中で起きてくるすべての物事から無意識に、彼女の圧倒的な優しい感情が、突然満たされ、抗しがたいものだった。御息所の絶え間ない傷つきやすい感情、嫉妬深さと疑念、なんと面倒なことだったのでしょう! しばらくの間、御息所に会うのはやめておこう。
 原文に比べてウェイリー源氏では、夕顔に対する源氏の主観的な思考がより鮮明なっている。六条御息所の押し付けがましい振舞いと対比し、夕顔の包容力ある優しさが強調され、娼婦性と、それと二律背反(アンチノミー)するかのように聖女性もウェイリーは見出していると思われる。Overwhelmingは「不可抗力の」や「圧倒的な」などの意であり、比較にならないくらいの数を表わしている。それに続くtendernessは「か弱さ」や「敏感」のほかに「優しさ」、「愛情」という意があり、ここでは源氏の心が満たされているものとして「優しい感情」と訳した。この時の源氏にとってやはり夕顔は異界の住民であり、それを源氏が自分の世界に連れてこようとした結果、夕顔は物の怪に取り殺さなければならなかったのだろう。
  As the night wore on they began sometimes to doze. Suddenly Genji saw standing
over him the figure of a woman, tall and majestic: ‘You who think yourself so fine,
how comes it that you have brought to toy with you here this worthless common
creature, picked up at random in the streets? I am astonished and displeased,’ and
with this she made as though to drag the lady from his side. Thinking that this
was some nightmare or hallucination, he roused himself and sat up.
夜がきてみんな寝静かまる時間が過ぎた頃。急に源氏は、彼の枕上の側に立っていて背が高く、また威厳のある女性と思しき人の姿を見た。「(私は)あなた様を非常に素晴らしい方だと思っております。どうしてそういう事になったのか、ここであなたを玩(もてあそ)び無益な状態に至らしめる、価値のない下品な女を連れてきて。通りで手当たりしだい見つけた、行きずりの恋の相手なのでしょう? 私は驚きと不愉快で腹立たしい」と言って、その人はあたかも彼の傍から女性を引き離すかのようだった。これは悪夢か、あるいは幻覚だったと思って、源氏は寝床から起きた。
 いよいよ、源氏が夢の中で「いとをかしげなる女」が夕顔を引き起こそうとする夢を見る場面だ。ここの「いとをかしげなる女」はthe figure of a womanとのように訳されている。figureは輪郭が分かる「姿」「容姿」の意、あるいは、主に女性の体形や風采にも使われているのであり、女性の姿であるとはっきり分かる。しかもただの女性ではなく、とても高貴な美女だというのだ。「夕顔」巻で高貴な貴婦人が登場するのは「六条わたり」の女性であり、それ以前の巻であれば藤壺や葵上であろう。しかし、その「をかしげなる女」はかなり感情的であり、かつ命を奪うほどの暴力的である。仮にその女性が六条御息所であったとしても、まだ夕顔との接点が明確でない。
そこで源氏が夕顔の四十九日の法要を終えた翌日の夜に見た夢を考察する。
  There appeared to him once more, just as on that fatal night, the figure of a
woman in menacing posture, and he was dismayed at the thought that some
demon which haunted the desolate spot might on the occasion when it did that
terrible thing, also have entered into him and possessed him.
そこで源氏は、ちょうどあの時の命に関わった夜に、威嚇的な態度の女性の姿が再び現れた。そして彼は、いくつかの鬼が幽霊のどちらかが出る荒涼とした場所で驚きうろたえたのだという事を考えて、ひょっとしたら、時折それがそれをした時に恐ろしい出来事をしたかもしれない、そのうえ源氏自身も悪霊に取りつかれたのだと考えをめぐらした。
 夕顔の法要が終わり、その翌日の夜の夢に出てきたのが某院に現れた女性である。それについて源氏は、夕顔を襲ったのは荒れ果てて鬼か幽霊が住む場所でときどき恐ろしい事をしてしまったからである、そして物の怪にうろたえて自分自身も取りつかれてしまったのだと考えている。
その恐ろしい事とはいったい何か。かつて栄えた権力者の豪邸に、源氏と夕顔が似つかわしいとは言えない場所で、開けっぴろげに愛欲を重ねていたために、そこに住む成仏していない主人に襲われた事であろうか。それとも、源氏が身元も素性も分からない女性と過ごす事に怒りを覚えた、他の女性の血縁ある亡者が夕顔を襲いかかった事なのであろうか。いずれにせよ、直接的・間接的に何らかの形で源氏ないし源氏に血縁の深い家系に関わった者たちであろう。ウェイリーが訳した描写は物の見事にミステリー性を高めている。

ウェイリーが英訳した『源氏物語』は、紫式部の『源氏物語』とは一味違う見方で翻訳されていたことが分かる。特に夕顔と六条御息所を比較するところは大げさな表現でありながら単純明快で、それぞれの特徴もうまく捉えている。そして「いとをかしげなる女」は原文と同じようにその正体は不明瞭にしておきながらも、その不気味さが見事に表現され、かつミステリーさも昇華している。ウェイリー源氏が世界中で読み続けられているのは、本当にごく自然な翻訳で読みやすいところにあるのであろう。

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映画批評 その410 『スーパー!』 [批評-映画]

『キック・アス』と比べると重たいような気がする…。

スーパー! スペシャル・エディション [Blu-ray]

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  • 出版社/メーカー: Happinet(SB)(D)
  • メディア: Blu-ray



登録情報
出演: レイン・ウィルソン, エレン・ペイジ, リヴ・タイラー, ケヴィン・ベーコン
監督: ジェームズ・ガン

商品の説明
内容紹介
素人ヒーロー“クリムゾンボルト”が、お手製のコスチュームを身に纏い、エッチでクレイジーな相棒ボルティーと共に危険地帯の犯罪に立ち向かう。
おかしくてちょっとせつないバイオレンス・アクション・コメディ!!

スーパー! 素人ヒーロー“クリムゾンボルト”を演じるのは、エミー賞に2度のノミネートを果たしたレイン・ウィルソン。ナタリー・ポートマンと共演した『メタルヘッド』では共同製作総指揮も兼任している。
クリムゾンボルトの妻役に、『ロード・オブ・ザ・リング』3部作で世界的な評価を獲得したリヴ・タイラー。
悪のドラッグディーラー役には、『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』では強烈な個性で悪役を演じたケヴィン・ベーコンを起用。
そして、相棒ボルティーには『JUNO/ジュノ』でアカデミー賞主演女優賞にノミネート、『インセプション』『X-MEN:ファイナル ディシジョン』などの大作への出演も果たした演技派女優エレン・ペイジと、まさかの豪華メンバーが集結。

監督は『ドーン・オブ・ザ・デッド』の脚本で頭角を現わし、『スリザー』でSFホラーコメディという新ジャンル(?) を打ち立て笑撃デビューを果たした、俊英ジェームズ・ガン。今回も個性炸裂で、新スーパー! 素人ヒーローを誕生させた。

【ストーリー】
冴えない夫フランクは、セクシーでイカれたドラッグディーラーを追って彼の元を去った妻を取り戻すために、クリムゾンボルトに変身!
お手製のコスチュームを身に纏い、エッチでクレイジーな相棒ボルティーと共に危険地帯の犯罪に立ち向かう。
すべては愛する妻のため。でも世の中、思い通りにはいかないもの。想定外のエンディングに向け、クリムゾンボルトは猛ダッシュ!
やっぱり男はつらいよ…。遠い昔に定められた不変の掟。子どもに猥褻な行為はしない。列に割り込んだり車に傷をつけたりしない。もし掟を破ればクリムゾンボルトが許しません!!!

【キャスト】
レイン・ウィルソン、エレン・ペイジ、リヴ・タイラー、ケヴィン・ベーコン

【スタッフ】
監督・脚本: ジェームズ・ガン、製作総指揮: ランプトン・エノックス、レイン・ウィルソン、製作: ミランダ・ベイリー、製作: テッド・ホープ、音楽: タイラー・ベイツ

【特典映像】(約124分)
○“コミコン”パネルディスカッション
○メイキング
○オープニングアニメのメイキング
○How to ファイト クライム
○未公開・削除シーン
○プレミア上映インタビュー
○劇場予告編/TVスポット
○ポスターギャラリー(静止画)
内容(「キネマ旬報社」データベースより)
『スリザー』のジェームズ・ガン監督が放つ、可笑しくてちょっと切ないアクションコメディ。素人ヒーロー“クリムゾンボルト”が、お手製のコスチュームを身にまとい、エッチでクレイジーな相棒・ボルティーと共に危険地帯の犯罪に立ち向かう。




やばい。
鑑賞後はなんだか重く感じて深く悩む…ほどじゃないけど、
「悪」という身近な存在にどう向き合うか考えさせる。
と言っても、マナー違反でさえ罰してしまうのだから可笑しく思うけれど、
誰でも精神的に幼い時はそう思っていたと思う。
「暴力」の連鎖は止めらない。
これは自分でも経験したことがあるけど(あの時は学会に入ってたし、未成年だったのだが)、
怒り(イラつき、ムカつき等)や恨みは、増長するだけであり、
決して簡単に抑えられるものではない。
それがストレスとなって体に不調が起きたり、またそれの抑制が効かなくなる。
溜まりに溜まって「暴力」を振るい、独善的な欲求を満たそうとする。
主人公の場合、神の導きのもとで信仰厚く啓示をそのまま実行したのだが、
やはり、ここにも「人間」の理性と本能を伺わせる所がある。
世間での「正義」は「暴力」と紙一重であり、信仰において正義は絶対的なものである。
それを踏み外すと極端な原理主義に走ったりする。

もう少しテンポを早くした方が観やすかったが、
まだアメコミ色が強い『キック・アス』と比べると、本作品は地味で「人間」らしさがあった。


評価は72点。

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『源氏物語』研究 2 [大学]

   第二節 『源氏物語』前後の物語と「夕顔」巻のリアリティ
 日本文学史上で重要なポジションにある、「物語の出で来はじめの祖なる竹取の翁」(「絵合」・一〇三頁)と初期において『竹取物語』は代表的な物語文学として世に出現した。内容は荒唐無稽のように思われるが、しかし、五人の求婚者に突き付ける難題はある程度の教養が無ければ、あれほど富んだ物語は成し得なかっただろうし、五人のうち三人が実在した人物を取り入れる事に、物語としての宿命的な要素を感じさせられる。
 『源氏物語』の作者は時代設定を醍醐・村上朝に配し、平坦な物語を超えたリアリティある物語を創作している。「夕顔」巻は『伊勢物語』の第六段「芥河」と関わっている事をいま一度、右記の再検討を試みる。
 
 まず「芥河」段と「夕顔」巻について考察する。この段は昔男が何年も求婚し続け、我がものとしようとして、ようやく盗み出す事に成功する。芥河という河のほとりを行くと、女は草の上にある露を見て「あれは何ですか」と問うが、男は切羽詰まった状況であるので答える暇は無かった。夜もすっかり更けてしまい、雨は降り雷が鳴って、男は鬼が住むと言われるあばら蔵を知らずに女を押し入れ、そして武装し戸口の前に立って警護する。しかし、女は鬼に一口で食べられてしまい、その悲鳴は雷鳴にかき消されて男の耳に届く事はない。夜が明けて女を見にいくと姿かたちはどこにもなく、男は泣いて歌を詠み嘆いた。そして、その本文に続いて官位が低い頃の藤原国経と基経の実名を取り上げ、スキャンダラスな事件の全貌を語るように締めくくっている。これは石田穣二先生の補注 にあるように、正文と見るべきであろう。
 「芥河」の概観は以上だが、本文を読んでもごく簡略にまとめて書かれており、『伊勢物語』から『宇津保物語』に至ると、物語は詳細に語れるようになった。これは読者の間で新たな物語を要求し、その担い手であっただろう女房たちが物語を作成、それが次第に高度なレベルへと昇華していった。その物語作成に当たってフィクションはついてまわるものだが、『伊勢物語』に至ればフィクションを克服し、昔男の一人のモデルである在原業平の生涯をスポットに当てた。『源氏物語』の作者も、人生に敗れた高貴な男の歌に共感したであろう。
 当時の河原院の奇怪な事件は、だいたい源融が怨霊となって京極御息所をとられようと現れたとか、『今昔物語集』二十七‐十七では東人が河原院に宿泊し、妻が鬼にとられたというのが伝えられている。その事から、河原院は不気味な霊鬼の巣窟であったと認識されていた。その霊の正体が源融と言われているが、恋は男と女の物語である。「夕顔」巻で現れた霊が男であったら味気ない。「いとをかしげなる女」は、恐らくは光源氏を恋焦がれつつ他の女性に嫉妬を持っていた生き霊であったのかもしれない。しかし、光源氏は「いとをかしげなる女」の正体について、「荒れたりし所に住みけむものの、われに見入れけむたよりに、かくなりぬることと、おぼしいづるにもゆゆしくなむ」(「夕顔」・一七八頁)と主観的に述懐している。
 そこで心理学的に考えてみると、これは光源氏の内面にあるアニマと関係しているのではないかと思う。私が取り上げる『無意識の構造』 の著者・故河合隼雄氏は、講談社学術文庫+αで『源氏物語と日本人‐紫マンダラ』を著しておられる。氏は『源氏物語』は光源氏自身が物語の中心ではなく、光源氏を取り巻く女性たちの物語であるとし、さらには作者・紫式部の「自我」をあらわすものと解釈されている。
 その心理学(ここではユング心理学を意味する)で重要な働きをもつ無意識、男性がもつアニマと女性がもつアニムスで「いとをかしげなる女」の正体が明かされるかもしれない。アニマとは、男性の心の内に秘める女性であり、アニムスはその逆である。これについて氏は、
  男性は一般に男らしいと言われているような属性をもったペルソナを身につけねばな
  らない。彼は社会の期待に沿って、強くたくましく生きねばならない。そのとき、彼
  の女性的な面は無意識界に沈み、その内容が、アニマ像として人格化され、夢に出現
  してくる
と、仮面(ペルソナ)を付けている限りは男らしくなり続け、そして「男性であれ女性であれ、潜在的可能性としては両性具有的であると考える」 のがユング心理学の特徴である。これを端的に捉えた物語が『御伽草子』の「磯崎」にあると氏は説明されている。
 簡単に述べれば、磯崎殿という侍が本領安堵の件で鎌倉に発つことになり、女房は夫が留守のあいだ神仏に祈りをささげ、その果報があって磯崎は一年間で帰郷した。しかし、鎌倉に滞在した際に新しい女房を伴って帰り、磯崎の女房は嫉妬に燃え、夫の留守を期に新しい女房の姿を見ようとした。その時に猿楽の役者と出会い、鬼の面を借りて、それを付けて新しい女房がいる所へ忍び、のぞき見する。その女房は一七~八歳で絶世の美女であった。ますます嫉妬心を燃やした女房は部屋に押し入って、馬乗りになって殺してしまう。
 家に帰って鬼の面を外そうとすると、面がなかなか取れない。そして泣く泣く夜が明け、鬼の姿となってしまい、心までもが鬼となってしまった。奥山に隠れ人を食うようになり、女房の子は日光山の稚児学生となっていたが母の噂を耳にし、急いで母に会いにいく。その子の説法によって母は発心し、ついに鬼の面も取り外す事ができた。そして元結を切って尼となり、殺された女の弔いのために日本中を行脚する。磯崎もこの事を聞いて出家するのであった。
 ここでは女房が新しい女房の姿を見るために「鬼の面」を必要とした。これは女房の内面と向き合う事を示唆されたものであろう。この暴力的な性格が女房にとってのアニムスと捉える事ができる。
 これを「いとをかしげなる女」にもっていくとすると、それを見たのは源氏の夢の中の出来事であり、源氏が映し出されたアニマそのものであると言えそうだ。しかし、無意識に働いていたものが現実に人を殺める事はあり得ない。だが、「鬼」という表現は留意しておくべきだろう。「夕顔」巻では「さりとも鬼なども、われをば見ゆるしてなむ」(「夕顔」・一四六頁)と「南殿の鬼」(同一五二頁)の二例がある。鬼は①醜悪な姿で怪力をそなえ、人にたたったり災いをもたらしたりする妖怪、②死者の霊、③鬼神・夜叉・羅刹・邪鬼などの類等である。夕顔がとられる前後の描写にあるから、いずれも某院で源氏が発した言葉が「いとをかしげなる女」を誘発させてしまったのだろう。


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実は風邪を引いて…。 [独言]

毎年この時期になると、決まって体調を崩してしまう。
いや、季節の移り変わり目がそうなのだ。
節分は、文字通り季節の移り変わり目の節目であって、
特に立春の前日を指すし、陰から陽へと変わる重要な儀式でもある。
その間にあるものが万法の始まりであって、特異点が生じる。
その影響なのか、個人的にもっとも身体の和が崩れやすいようになっている。
幼少から体が弱いせいもあるのだが…。

この一週間は体調が良くなったり悪くなったりの繰り返しで、
時折意識が飛んで何をするのも億劫な感じがしてならない。
かと言えば、そうでもなくて活発に暴れる事もある。
今はとにかく、安静にしていた方がよさそうだ。
ソネブロの皆さまへのご訪問が遅くなります…かたじけない。

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映画批評 その409 『アジョシ』 [批評-映画]

意外とヴァイオレンス度は控えめだけど、それなりに面白かった。

アジョシ スペシャル・エディション(2枚組) [Blu-ray]

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登録情報
出演: ウォンビン, キム・セロン, キム・ヒウォン, キム・ソンオ, キム・テフン
監督: イ・ジョンボム

商品の説明
内容紹介
韓国アカデミー賞受賞。韓国を熱狂させた、2010年度No.1大ヒットのアクション・エンタテインメント作品!
心を通わせた少女を守るため、犯罪組織の闇と闘う男テシク。強く切ない〈新たなるウォンビン〉主演で描く感動のストーリー。

元特殊要員で暗殺を主な任務としていたテシクに扮し、息をのむリアルな戦闘シーンを披露するのは、かつて見たことのない“新たなるウォンビン”。無垢で繊細な青年を演じて高く評価された『母なる証明』(09)から一転、心を通わせる少女ソミを犯罪組織から救うために命を張るテシクを、鍛え抜かれた完璧な肉体を駆使して、ほぼスタントなしで演じ切った。

彼が命をかけて守ろうとする少女ソミは、カンヌ国際映画祭で上映された韓仏合作映画『冬の小鳥』(09)で世界を驚愕させた天才子役キム・セロンがソミに扮し、愛を求める孤独な少女を健気に演じて、涙を誘う。監督は『熱血男児』のイ・ジョンボム。

少女救出のサスペンスに、韓国の裏社会の深い闇が絡まる緊迫のストーリーは、テシクとソミの絆を描く感動のラストへと辿り着く。
強くて切ない“新たなるウォンビン”主演で描く感動のストーリー

【ストーリー】
テシクは自ら孤独を選んだ。都会の片隅で質屋を営み、世間を避けるように生きている。過去のある事件が、彼から夢も希望も、未来すら奪ったのだ。
テシクの隣に住む少女ソミはいつもひとりぼっちだ。クラブダンサーの母は、娘の世話より自分の暮らしに忙しい。ソミは“アジョシ=おじさん”と呼び、ただ一人の友達として慕っていた。
ある日、麻薬密売に巻き込まれた母親と共に、ソミは犯罪組織に誘拐される。ソミを救出するために組織を追うテシクは、その背景に隠された恐るべき真実を知る。愛する者を二度と失いたくない・・・テシクはソミを守り抜くと決意するのだが・・・。

【キャスト】
ウォンビン、キム・セロン、キム・ヒウォン、キム・ソンオ、キム・テフン、ソン・ヨンチャン、タナヨン・ウォンタラクン

【スタッフ】
監督・脚本:イ・ジョンボム、音楽:シム・ヒョンジョン、主題歌「Dear」:Mad Soul Child、武術監督:パク・ジョンリュル

【音声特典】
オーディオコメンタリー(監督&ウォンビン&キム・ヒョソン)

【映像特典DVD 約130分収録】
メイキング&インタビュー、予告&TVスポット、来日時記者会見、来日時舞台挨拶の模様、来日時ウォンビンオフィシャルインタビュー



いやー、ホント韓国はすごい。
ダークで深いテーマでありながら、随所に笑いも交えて筋を通すのだから。
デンゼル・ワシントンの『マイ・ボディーガード』と比較するのも面白いし、
『闇の子供たち』とを重ね合わせるのもいいだろう。
しかし、描写がリアル過ぎてイタイところがあるし、場合によってはトラウマになる可能性もある。
主人公の過去に起きた悲劇は、個人的に苦手なところだった。

ヴァイオレンスさは他の作品と比べるとやや大人しく、かと言って血の量は半端ない。
ただ、悪人の仕打ちは生ぬるく、個人的に満足は出来なかったが…まあ及第点といったところ。

ラスボスが窮地に陥った時、ケータイで思いがけない組織に助けを求める。
ここは爆笑必至の場面だろう。


評価は78点。

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映画批評 その408 『ファイナル・デッドブリッジ』 [批評-映画]

新たな(?)ルールに一段とサバイバル化したが、最初と最後はファン必見の映像。

ファイナル・デッドブリッジ Blu-ray & DVDセット(初回限定生産)

ファイナル・デッドブリッジ Blu-ray & DVDセット(初回限定生産)

  • 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
  • メディア: Blu-ray




登録情報
出演: ニコラス・ダゴスト, エマ・ベル, マイルズ・フィッシャー, トニー・トッド, コートニー・B・バンス
監督: スティーブン・クォーレ

商品の説明
内容紹介
シリーズ史上最大級のスケールで贈る、最叫のノンストップ・アトラクションホラー!
おまえは、渡りきれるか。

●ストーリー●
彼らは、そこで死ぬ運命だった。会社でチャーターしたバスで遭遇した、巨大吊り橋の崩落事故。ところが、そのなかの一人サムが事故の直前に、橋が崩壊して上司や同僚たちが次々と死んでいくヴィジョンを見る。自らの悲惨な死に様さえも見た直後、ハッと我に返るサム。安心したのも束の間、なんとヴィジョンと同じ現実が始まろうとしていた! 壮大な景観を誇る吊り橋は、瞬く間に《デッドブリッジ》と化した! 次々と《死》の餌食になっていく何十人もの人々。サムの予見を信じた8人だけが生き残った。だが、彼らは犠牲者の葬儀に現れた謎の男から宣告される。「死神は決してだまされない」と──。
ついに、運命のリベンジがスタートした。サムが見たヴィジョンどおりの順番で彼らに襲いかかるのは、平和で安全なはずの生活に潜む、全く予測できない驚愕の《死のトラップ》。恐怖に震える彼らの前に再び謎の男が現れ、迫りくる死から逃れる方法が、ひとつだけあると言う。 「死を他人に贈る」!?──自分の代わりに誰かに死を与えれば、助かるというのだ。果たして彼らは、この過酷なルールを行使し、死の運命から逃れることができるのか──?

【初回限定特典】
・特製ブックレット
・デジタル・コピー

【ブルーレイ映像特典】約33分
キャスト&スタッフが語るシリーズ第5弾 
未公開映像:<死>の別テイク集
視覚効果ビフォア&アフター映像:橋の崩落 
視覚効果ビフォア&アフター映像:飛行機事故


前作は駄作であったのだが、本作品においては原点回帰が見られると同時に、
新たな(これが「新」なのか微妙なところなのだが)ルールが、
より一層「死」の恐怖が味わえる。
冒頭の橋の崩落シーンは臨場感があり、一作目と引けを取らない見事さがある。
それ以降の、お決まりのグロい死に様も18禁なりにパワーアップし、
この死に方だけは勘弁したくなるような悪夢が待っている。
個人的に、死神に殺される前に中国人の婆さんにやられるのが痛そうだった。(笑)
それからレーシック手術を受けるシーンも恐ろしい。

そして、ラストは従来から見ている方にとってはサービス(!?)であり、
死に様の総集編が3Dで再現されている。


評価は81点。

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映画批評 その407 『インシディアス』 [批評-映画]

純正な心霊ではなかったのか…。

インシディアス [DVD]

インシディアス [DVD]

  • 出版社/メーカー: Happinet(SB)(D)
  • メディア: DVD



登録情報
出演: パトリック・ウィルソン, ローズ・バーン, タイ・シンプスキン, リン・シェイ, バーバラ・ハーシー
監督: ジェームズ・ワン

商品の説明
内容紹介
『ソウ』×『パラノーマル・アクティビティ』新世代最恐コンビが生み出す究極のホラー映画

ホラー映画の新ジャンルを開拓した『ソウ』の監督:ジェームズ・ワン&リー・ワネルと全世界を震撼させた大ヒットホラー『パラノーマル・アクティビティ』の監督:オーレン・ペリの今の時代を先導するホラーマスターが奇跡のタッグを組み、究極の恐怖を追求した新世代ホラー。150万ドルという低予算ながら、研ぎ澄まされた映像センス、ずば抜けた完成度の高さから評論家たちからも絶賛され、全米・全英で5週連続TOP10入りを果たし、世界的大ヒットを記録した。

【ストーリー】
ルネ(ローズ・バーン)と夫のジョシュ(パトリック・ウィルソン)は3人の子供たちと共に新居に引っ越してくる。ところが、引越し後間もなく、おかしな現象が起き始める。屋根裏から不審な音、勝手に配置が変わる物、赤ちゃん用のモニターから聞こえてくる謎の声。
そんな時、小学生の息子ダルトン(タイ・シンプスキン)が梯子から落ちて昏睡状態に陥ってしまう。家族はすぐにこの家から引っ越すが、既に見えない“何か”は家でなくジョシュたち家族を狙っていた・・・。
原因不明の昏睡状態のダルトンに医者もお手上げ状態に。霊媒師や牧師まで呼び出しルネとジョシュはあらゆる手を尽くしてみるが、状況は悪化の途をたどるばかりだった。
“何か”は着実に彼ら一家に近づきつつあった。”何か“の狙いとはいったい・・・?

【キャスト】
パトリック・ウィルソン、ローズ・バーン、タイ・シンプスキン、リン・シェイ、バーバラ・ハーシー、アンドリュー・アスター、アンガス・サンプソン、リー・ワネル

【スタッフ】
監督・編集:ジェームズ・ワン『ソウ』『デッド・サイレンス』『狼の死刑宣告』
脚本・出演:リー・ワネル『ソウ』シリーズ
製作:オーレン・ペリ『パラノーマル・アクティビティ』シリーズ
製作:ジェイソン・ブラム『パラノーマル・アクティビティ』シリーズ
製作:スティーヴン・シュナイダー『パラノーマル・アクティビティ』シリーズ
製作総指揮:ブライアン・カヴァナー・ジョーンズ『パラノーマル・アクティビティ』『スカイライン-征服-』

【初回生産限定特典】
特製アウタースリーブ付

【映像特典】
インタビュー&メイキング、日本版劇場予告、日本版TVスポット2種



期待して損したような…。
てか、変なところでボリュームが高く、音による脅かしが多い。
そんなもので恐怖を味わってもらおうなど安易な考えはやめてほしい。
低予算なら、静寂な恐怖の演出ぐらい出来ただろう。
もしくは、その可能性に挑んでほしかった。
そして、あたかも幽霊だけが出てくると思いきや、悪魔まで出てくるのだから興ざめした。
あれを見ているとダース・モールの親戚かと思いますよ。


評価は51点。

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心理テスト [ブログ]

問題 立食パーティーに参加したあなた。お開きの時間にはどこにいそう?

A 会場の中央

B 会場の壁際

C 会場の出口近く

D もう会場にはいないと思う




そうですねー。
けっこう大食いだから、たぶんAの会場の中央にいると思います。






















































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タグ:心理テスト
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映画批評 その406 『ちゃんと伝える』 [批評-映画]

これは監督の亡き父に捧げる(ための)作品です。

ちゃんと伝える スペシャル・エディション [DVD]

ちゃんと伝える スペシャル・エディション [DVD]

  • 出版社/メーカー: Happinet(SB)(D)
  • メディア: DVD


登録情報
出演: AKIRA, 伊藤歩, 高橋惠子, 高岡蒼甫, 奥田瑛二
監督: 園子温

商品の説明
内容(「キネマ旬報社」データベースより)
人気グループ・EXILEのAKIRAが主演を務めたヒューマンドラマ。タウン誌の編集者として働く史朗の下へ、父が倒れたとの報せが届く。父の命が長くないことを知った彼は、子供の頃から敬遠していた父と、初めて真剣に向き合うことを決意するが…。
内容(「Oricon」データベースより)
AKIRA(EXILE)初主演作は、鬼才・園子温監督による“愛”と“優しさ”の珠玉のヒューマンドラマ。監督が亡き父への想いを込めた渾身作。


まあ、こういった作品を作るのも良いでしょう。
『冷たい熱帯魚』とかそういうのを比べると、まあまあ良心的な作品だ。
皮肉なもんですな~。
父が余命宣告をされてから延命を望み、
自分が父よりも先にがんで死ぬかも知れないと思うと、今度は早く死んでくれと願う。
どちらがいいのかなんて関係ないけど、自分だったら「あ、そうなの」と単純に答えそうだ。
親父が「認めた方が葛藤するよりも楽だ」と言ってたように、
人間は死亡率100%なのだから、若いからとか病気持ちだからと言って、
自分よりも先にその人が死ぬっというわけじゃない。
だからこそ、何気ない日常が幸せであり、そうであるからその日一日を無駄にする事が出来ない。

実際に親父も今はがんを治療している最中だし、自分も重い病気にかかっていたから、
本当に普段の日常が過ごせるのは有りがたい事だと思っている。
(って、親父と一緒に観ていたので、ちょっと不謹慎だった気もするけど…)
という事は、オレ様も将来はがんになると…。
飲酒に気を付けることにするわ。
この作品は監督の思いがじんわりと伝わってきます。


評価は70点。

タグ:映画批評
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映画批評 その405 『ホットファズ 俺たちスーパーポリスメン!』 [批評-映画]

『ショーン・オブ・ザ・デッド』と比べてしまうと、面白さがやや微妙です。

ホットファズ;―俺たちスーパーポリスメン!― [DVD]

ホットファズ;―俺たちスーパーポリスメン!― [DVD]

  • 出版社/メーカー: ジェネオン・ユニバーサル
  • メディア: DVD



登録情報
出演: サイモン・ペッグ, ニック・フロスト, ジム・ブロードベント, ティモシー・ダルトン
監督: エドガー・ライト

商品の説明
内容紹介
【バリュープライス \1,500】

爆笑必至のハイテンション・コメディ!
エドガー・ライト監督『スコット・ピルグリムVS.邪悪な元カレ軍団』公開に合わせて、
バリュー・プライスで再発売!

★ 『スコット・ピルグリムVS.邪悪な元カレ軍団』劇場公開記念 
★劇場では、異例の署名運動から公開され驚異的ヒットを記録!

【ストーリー】
ロンドンでエリート警官として、逮捕率400%を誇るニコラス・エンジェルは、その優秀すぎる能力ゆえに組織内で妬まれ、穏やかすぎて一見犯罪が起こりそうには見えない田舎の村、サンフォードへと左遷される。活発な都会から来たニコラスは全くなじめず、どこかトロいがお人好しの警官、ダニーと相棒を組まされる。やがて、村を揺るがすような不気味で残虐な事件が発生!ニコラスが捜査を始めた結果、サンフォードは見た目ほどにはのどかな場所ではないことに気づく・・・。

【キャスト】
サイモン・ペッグ/ニック・フロスト/ジム・ブロードベント/ティモシー・ダルトン

【スタッフ】
監督:エドガー・ライト/脚本:エドガー・ライト、サイモン・ペッグ

■製作:2007年 アメリカ
■音声:英語/日本語/タイ語 ■字幕:英語/日本語/韓国語/インドネシア語/タイ語/中国語
■収録時間:本編121分 ■画面サイズ: 16:9




前回の『ショーン~』は本当に面白かったのに、本作品は間延びしているのが否めなく、
もう少しテンポ良く出来なかったのかと残念に思っています。
そのせいだろうか、今では近所のレンタル店に本作品が全くありません。
「しゃべくり007」で紹介されたコーナーで『ショーン~』のみが輝いて見えます。(苦笑)
あと、無駄にグロい。(笑)
オチはコメディ重視なので、とんでもない殺意があったわけだけど、
それまで辿りつくのに時間が掛かり、何度アクビをしたことか…。
でも、最近の(ホラー的)ブラック・コメディは面白い。
これからも奇想天外なホラーに期待したいです。

そう言えば、最近レンタル商品が消えた中に『隣の家の少女』が含まれていました。
あの内容では、さすがに並べとくのも考えものだろう。
(同事件を扱った『アメリカン・クライム』は残っていますが…)


評価は55点。

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『源氏物語』研究 1 [大学]

『源氏物語』研究  サブタイトル -物の怪と女性の業-

  序論   

  本論   

   第一章「夕顔」巻の「いとをかしげなる女」は誰か
     第一節 現在までの解釈
     第二節 『源氏物語』前後の物語と「夕顔」巻のリアリティ
     第三節 A・ウェイリー訳「いとをかしげなる女」試論

   第二章 六条御息所の生霊・物の怪と鎮魂
     第一節 夢と生霊
     第二節 八月十五日前後のヒロインの死について
     第三節 六条院が建てられた意義

   第三章 浮舟と物語の結末
     第一節 夕顔と浮舟の類似性
     第二節 物の怪に憑かれた浮舟の夢
     第三節 浮舟物語‐結末から導かれるもの

  結論

  参考文献一覧 (底本は新潮日本古典集成によった)


序論
 『源氏物語』のなかで「物の怪」という言葉を思い浮かべると、若き光源氏が夕顔を連れて某の院を過ごしたその次の夜に夕顔頓死事件が起こったことや、車争いが発端となって葵上を執拗に取り憑いた六条御息所が特に強烈な印象を読者に残している。また「物の怪」と雖も、宇治十帖では取り憑かれた浮舟の夢とは裏腹に、物の怪は浮舟の命を奪わずに去っていったという不可思議な行為も見られる。時に命を奪うほどの魔力を持ち得ながら、時に甘美を与え来たる現実の残酷さを増すように幻想を抱かせる。これは女性の業と深く関わっているようでならない。『源氏物語』の作者は、女性の業を断ち切りたい一心で物語を完成させたのではないか。
 第一章と第二章では「物の怪」を中心に論じたものである。第一章は古来より論争の絶えない夕顔頓死事件の「いとをかしげなる女」について再検討し、また別角度としてアーサー・ウェイリー訳を加えて考察を試みた。
 第二章は六条御息所を中心に、源氏をとりまく夕顔や葵上、紫上などの関係や、『竹取物語』にみられる八月十五日との関連のあるヒロインを考察した。それは『源氏物語』の作者が共鳴するところと、それをさらに発展させた狙いがあったのではないか。
 第三章は宇治十帖の、特に浮舟に見る女性の業について考察した。特に『長恨歌』が根底にあるように思われ、それは「桐壺」巻から「夢浮橋」巻まで徹頭徹尾まで貫いている。そして『法華経』に説かれる女人成仏および即身成仏と、出家を望んだ浮舟との比較を試みた。なぜ『源氏物語』の結末が尻切れトンボのような中途半端に綴じられたのか、その謎は語り尽くせない厖大な先達の説がたくさんあるが、私自身が感じたことを考察した次第である。









第一章 「夕顔」巻の「いとをかしげなる女」は誰か
 
    第一節 現在までの解釈
 「夕顔」巻でよく研究テーマとして取り上げられるのは、光源氏と夕顔の贈答歌や某院で夕顔が「いとをかしげなる女」に取り殺されてしまった怪異について論じる点であろう。私も「いとをかしげなる女」は、冒頭にある「六条わたりの」源氏の愛人・六条御息所ではないかと考えていた。しかし、この事について夕顔と六条御息所は直接面識がないので、「いとをかしげなる女」を六条御息所とする根拠としては乏しい。よって、改めて「夕顔」巻やそれに関連する古注釈・論文を精査して考察を試みる。

 一条兼良の『花鳥余情』では「いとをかしげなる女」について、「あまり心深く、見る人苦しき御ありさま」である六条御息所が「源氏の君の思くらへ給へるによりて邪気にな 」って夕顔を取り殺したのであろうと注されている。これは、六条御息所が物の怪ではないかと退嬰的な考え方を示した。それ以降、この考え方が主流的になったという 。『源氏物語大辞典』(編者秋山虔・室伏信助 角川学芸出版 二〇一一年)では「物の気。また物の気によっておこる病気」とある。この場面は光源氏が従順で可憐な夕顔と、思慮深いあまりに重く感じる六条御息所の二人を対比させて、少しでもその煩わしさを忘れようと夕顔に溺れるのであった。これが災いして「いとをかしげなる女」を発動するきっかけとなったのであろうか。
 現代においての解釈は、①先ほどの六条御息所の怨霊説、②某院に棲む妖物説、③光源氏の「心の鬼」による良心の呵責でみた幻覚、そして④はそれぞれの解釈を折衷したものこそが物の怪の正体であるという立場がある 。また新しい論文では、某院の主だった者と六条御息所は血縁があったのではないかというのが提示され、ますます政治的な生々しい争いがあったように思われる。しかし、それでは肝心な恋物語とまったく撞着していないか疑問の余地が残る。
 この「いとをかしげなる女」の正体を確認するには、取りつかれる側の人物・夕顔の描写を留意せねばならない。はじめに源氏が夕顔を伴って某院へ誘うところを見る事にする。
   いさよふ月に、ゆくりなくあくがれむことを、女は思ひやすらひ、とかくのたまふ
ほど、にはかに雲がくれて、明けゆく空いとをかし。はしたなきほどにならぬ先にと、
  例の、急ぎたまひて、軽らかにうち乗せたまへれば、右近ぞ乗りぬる。そのわたり近
  きなにがしの院におはしまし着きて、預り召し出づるほど、荒れたる門のしのぶ草茂
  りて見上げられたる、たとしへなく木暗し霧も深く露けきに、
                             (「夕顔」①・一四三~四頁)
 八月十五日の夕顔の家の逢瀬の後に、深間にのめり込むように源氏は静かな場所を求めて外出を促すと、夕顔はしばらくためらう。また某院の門は荒れ草が伸び放題でとても暗い様態である。それから源氏との歌のやり取りの後に、夕顔は「もの恐ろしうすごげに思」(「夕顔」巻・一四四頁)い、何となく気味が悪くてぞっとしている。しかし、この危機感を察知している夕顔を源氏は表面的に捉えることしかできなかった。それどころか、右近でさえも夕顔の心情に気が付く事はなかったのである。「夕顔」巻の悲劇性はこのような、いくつかの兆候を見逃して自己本位に考える愚かさが引き立てているのであろう。
 そして「奥のかたは暗うものむつかしと」(同・一四七頁)夕顔は本能的に感じ取っている。夕べの光と奥にひそむ影とのコントラストは実に意味深長であり、影にうごめくその存在は、じっと源氏と夕顔のあからさまな情事を見ていた。そして夜になると闇が支配し、物の怪が水を得た魚のように夕顔を取り殺そうとする。夕顔の儚げな心情と、源氏と右近の上辺だけの心情とがすれ違い、本当に分かち合う事もなく嘆き悲しむ夕顔の波長が頓死事件へと発展したのかもしれない。
 注釈が前後するが、「夕顔」巻での六条御息所は「六条わたり」と表現されていて、正式に六条御息所の語が見られるのは「葵」巻からである。これは『源氏物語』制作段階に当たって重要なキーワードとなり得るのは論を待たない。『源氏物語』を知らない方以外は、連想からして六条御息所であろうと想像することができる。そういった先入観によって、「夕顔」巻においてプライドが高く情が深くて嫉妬深い貴婦人と言うと、そこに行きつくのは「六条わたり」の女性であろう。
 『弄花抄』の注釈では「六条わたりにも」の注として「源氏の思出し給ふを便にて霊も通し也」 と、また『細流抄』になれば「御息所の念なるへし」 と注されている。しかし、『細流抄』では「すこし寝入りたまへる」のところで注されており、『源氏物語湖月抄』では「いとをかしげなる女」の箇所に注されているのである 。それを比べれば、恐らく『細流抄』が誤っているのだろうが、古典や仏教に造詣があった三条西実隆にしては単なるミスであったのか、それとも意図的に注したのか不明だ。また御息所の語は「桐壷」巻の源氏の母・桐壷の更衣の呼称が使われ、他に「若紫」巻が一例、そして「葵」巻で御息所の語が多く使われる。既知の情報であれば、『細流抄』で使われている御息所は六条御息所となろう。三条西実隆の注に従って「御息所が少し寝入りなさる頃」となれば、六条御息所が寝入る頃に魂が遊離して某院に行き着くと夕顔を取り殺した、という解釈になるであろう。それは「葵」巻で六条御息所が夢を見て、生き霊となって葵上に襲いかかる描写と重なり合う事ができる。しかし、欠点は六条御息所が夕顔の顔見知りであったかどうかだ。噂程度で物の怪となって、見ず知らずの人を取り殺すにしては根拠が乏しいように思える。
 しかし、石田穣二博士は「夕顔」巻の物の怪の正体について次にように解釈されている。
 某の院で源氏の夢の中に現れて夕顔を死に至らしめた妖異を、六条あたりの女性、す
 なはち六条の御息所の生霊であらうとした旧説は正しいであらう。むしろ読者として
 さう受け取らねばならぬところである。しかし、あへて作者は、それをぼかして書い
 てゐる。しかもなほ、後の葵の巻を読めば、読者の推測は確信に変はらざるを得ない。
 (中略)葵の巻を読み合はせてみても、夕顔の巻には過不足なく、必要にして十分な
 ことが言ひ尽くされてゐる。
「夕顔」巻の冒頭は「六条わたりの御忍びありきのころ」と書かれており、秋の季節にも源氏は通っている。既にヒントは張り巡らされているのである。夕顔を取り殺した物の怪の正体は決着を見ないが、六条御息所が重要な鍵を握っていることは確かなはずである。こうした謎めいた雰囲気は「夕顔」巻にふさわしい材料である。
 最後に源氏の夢の中で現れた「いとをかしげなる女」について再検討する。
  「己がいとめでたしと見たてまつるをば、尋ね思ほさで、かくことなるなき人を率て
  おはして時めかしたまふこそ、いとめざましくつらけれ」とて、この御かたはらの人
  をかき起こさむとすと見たまふ。          (「夕顔」巻・一四八~九頁)
私がこんなにも大層な方とお慕い申し上げているのに、私を尋ねなされる事もなく、このような何の取り柄もない女を連れていらして、ご寵愛なさるのが、とても心外で恨めしゅうございます、と「いとをかしげなる女」は大層恨めしく述べた後、夕顔のところへ来てかき起こそうとした。しかし、問題は源氏の「夢」で見たことで右近はその女性を見ていなく、当時密教がもてはやされた俗信的・心理的の調伏の最中で、作者は「物の怪」の正体が心理的内性から映し出された幻影によるもので、「物の怪」の不在証明の提示をしたかのようだ という論文が発表されている。
 確かにその女性を見たのは源氏ひとりであり、夕顔の四十九日忌の翌日の夜に再び夢に現れると、「荒れたりし所に住みけむもの」(「夕顔」巻・一七八頁)の仕業として無理やり納得しようとした感じがあるようだ。しかし、それでも「いとをかしげなる女」が述べた言葉はリアルである。中西進氏は「凶宅の詩」との関連性を示され、
  「この作者には高官の者が辿るべき運命への批判があるだろう。もし「凶宅の詩」
  を重ねたことを認めるとすれば、重ねるという行為は、高官の者が身を滅ぼした凶宅
  において、一人の女性が家霊によって落命したという訴えにほかならない。
   われわれは光源氏が融と同じく皇子であり、将来高位高官への道を歩くことをみな
  知っている。その人間の当面した事件が高官者の霊の恐ろしさだった。光源氏は自ら
  の身を二分してわが分身を見つめていたといってもよい。少なくとも読者は、そう読
  むことを仕組まれているのである」
と明快に「いとをかしげなる女」の正体を端倪されている。これに関しては次節に論じることとする。その女性の風貌は美しいようであったから、やはりそれが源氏の心に映し出された幻影となのだろうか。
 凶宅はその建物自体に魔物が住みついているのではなく、その主人が財力や権力によって凶宅へと至らしめているという諷諭であろう。冷徹な政治の駆け引きにより犠牲となった者の怨念に触れたとき、自我で最も恐れる姿が現れるのであろう。

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