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北千住にて [宗教批判]

今日大学の帰りに本屋を立ち寄ってゲーテの『ファウスト』(集英社文庫)を購入した後、
駅前において、とある若い青年から声をかけられました。
アンケートか何かだろうと思ってスルーしようと思ったんだけど、
まあ話を聞いてみました。

(青年)「平和ってどんなイメージがありますか?」

(暁)「穏和な感じ」

(青年)「それでは、平和実現に向けて何かしてますか?」

(暁)「えぇっと、そうですねぇ…。地道なこと…折伏です」

(青年)「なにか信仰されいるんですか?」

(暁)「日蓮正宗です」

(青年)「そうなんですか。あの日蓮の…創価学会と関係のある……」

(暁)「根本的に創価学会と関係ありませんよ。日蓮大聖人の教えをそのまま実践するのが日蓮正宗ですが、創価学会はただ池田大作の言うことを信じるだけの、ニセ本尊を拝む団体です」

(青年)「なるほど。わたしは、実は統一協会(世界基督教統一神霊協会)の者ですが、いろいろとお話を伺えますか?」

とまあ、この感じで30分くらい寒い中を信心の話をしました。
これを聞いていただけでもスゴイことだと思うけど、とにかく宗教とは何かを語った。

漢和辞典を引けば、「宗」とは
○いちばん大事なところ
とあり、一番大事な教え・その根本を掲げるのが宗教であると話した。

また、仏とは何かも話した。
だいたい死んでから仏になるのが一般的のように思える。
しかし、それは仏ではない。
インド仏教においても、説かれた釈尊は生身の体である。
だから死して仏になるのは誤解であり、生きながらにして仏を目指し・仏に成るのが仏教であると語った。

その他、どうして人は不幸になるのか、神の存在の是非、生まれ変わり等を話題にした。

その青年は興味深く聞いていただき、アンケートのことなどすっかり忘れていました。
それよりもはるかに高尚な議論を話し合い、正しい宗教とは何かを論じ合った。
今回はメアド交換でお開きだったが、後日、また折伏してみようと思う。


そこで、青年が所属している統一教会についてここに記す。




「世界基督教統一神霊協会」
立教:1954年5月1日
創始者:文鮮明(ブン・センメイ)
信仰の対象:天地創造の神
教典:『聖書』『原理講論』
本部所在地:大韓民国・ソウル、日本では東京都渋谷区
信者数:3.000.000 (日本には470.000)
※平成13年現在

沿革
合同結婚式で話題となった統一協会は正式には世界基督教統一神霊協会といい、イエス・キリストの再臨(再誕)と称する文鮮明によってはじめられた宗教である。
文鮮明(ムン・ソンミョン、本名・文龍明)は1920(大正9)年1月6日、朝鮮半島の平安北道(現北朝鮮)の農家で生まれた。両親は長老派教会のキリスト教徒であり、文鮮明は16歳のとき、イエス・キリストから、「神のみ旨(人類救済の摂理)はいまだ成就されておらず、残された旨を完成しなければならない使命があるとの啓示を受け、生涯を神に捧げることを決意したという。
その後、文鮮明は聖書をもととして、「統一原理」の全容を解明したという。1945年以降、ソウルと平壌で聖書の講義をしながら多くの信徒を集めたが、既成の教会から反発を受け、北朝鮮の共産党政府に訴えられ、46年には100日間の拘禁を受ける。
さらに、48年2月には社会秩序紊乱罪で5年の懲役刑を受けたが、朝鮮戦争が起こり、50年10月国連軍の興南収容所襲撃によって解放される。その後、釜山を拠点に伝道が続けられ、1952年に彼の教養の骨子をまとめた『原理原本』ができ、54年にはソウルで「世界基督教統一神霊協会」を創立する。
55年に文鮮明は、兵役法違反と不法監禁などの容疑で3カ月間拘留されるなど世間の厳しい反発を受けたが、57年には『原理解説』を著すなどして布教した。75年には、これまで伝えたアメリカと日本以外の世界各地への布教をはじめ、地上に建設される天国は理想的な家庭を築くことからはじめるとして、国際合同結婚式がたびたび行われる。
日本には昭和33(1958)年6月、崔翔翼(チェサイク、崔奉春(チェボンチュン)、西川勝)が密入国して伝道した。翌年10月には日本統一協会を創立し、昭和39(1964)年7月宗教法人「世界基督教統一神霊協会」として東京都の認証を受け、会長に久保木修己が就任した。久保木は昭和6年、旧満州で生まれ、立正佼成会の幹部をしたのち、37年に入会した。39年の会長就任以来、全国大学連合原理研究会(原理研)の設置や、渋谷区松涛町の本部決定(昭和40年)、国際勝共連合会長就任(昭和43年)などののち、平成3年には日本統一協会名誉会長になっている。現在日本には47万人の信者と、1.300余名の教師、85の教会がある。

教義の概要
教団の名称からキリスト教の一派のような印象を受けるが、既成のキリスト教からは異端視されている。その理由は文鮮明をイエスの再誕・救世主とするところにあり、ここに教義の特色が集約されている。
『原理講論』は文鮮明が聖書を独自に解釈したものを、弟子たちが体系的にまとめたもので、その趣旨を簡略に示すと次のようになる。

①既存のキリスト教では罪悪の世界となった現代社会を救うことは出来ない。
②聖書は真理それ自体ではなく各時代の人々に与えられたもので、今や新しい真理が現れる時である。
③人生と宇宙の根本問題を解決するために、神が文鮮明を使わした
このことは聖書に「イエスが韓国に再臨する」と説かれている
人の原罪は、エバがサタンの化身である蛇と交わったため、サタンの血が人間に流れるようになったことである
⑥イエスの十字架刑では原罪を贖うことはできなかった。だから地上に再臨しなければならない。
⑦人間の原罪を消すには、原罪を犯した時と逆の経路を辿らなければならない。
⑧神は善の世界を作ることを目的とした。神を中心とした家族的世界を地上天国と言い、教祖夫妻が原型である。
全人類を神の愛により統一に導く、そのために全ての人類は1つの言語を用いるようになる。その祖国語は韓国語である

これらの教義から合同結婚式を行い、性的儀礼を重視する。さらには霊感商法によって高額な物品を信徒に売買させ、社会問題となっている。



とまあ、こんな感じ。
原罪を免れるために身を捧げよ、だから教祖と性を交えよ、と説かれているとは。
一般から見てもたんなる煩悩の暴走でしか取れないが、
実際にマインド・コントロールをかけられてセックスさせられると似たような事件があって、
こんなことで幸せになれるはずがないんだけど、引っかかってしまえばおしまいだ。

実際に話し合ったのはこの様なものではないけど、
仏教と比べてしまうと全然思想が低いことを実感させられる。

また聖書を読んだ限りでは、どこにも「韓国で救世主が再臨する」とは書かれていない。
そもそも、「聖書は真理それ自体ではなく各時代の人々に与えられた」のが趣旨なので、
それと矛盾していることに気づく。

青年が話していたのは「家族を大事にしている」ということ。
それでも間違った思想・教えを共有していれば、幸福は続かないと話したのだが、
青年は「世界基督教統一神霊協会に一生いる事に決めた」と答えた。
自分は謗法の恐ろしさを知っているので再三繰り返したけど、効果なし。
これもマインド・コントロールか、それとも本当に自分自身で決断したことなのか、
今は分かりません。
ただ、統一協会が正しい宗教ではないことは確かです。
性欲によって人が救われるなら、苦しみなんて存在しません。
しかし、歴史を振り返れば性欲におぼれて家族がバラバラになったり、
国家で臣下が従わなくなり、かえって亡国を招いたのは火を見るより明らか。

また創価学会と同じように偉い人だけが贅沢を尽くし、
末端だけが苦労して金を工面しなければならない実態がある。

早くこの迷妄を破折して、正しい道に歩まれるよう努めてまいりたい。


とまあ、ゲーテの『ファウスト』を買ったばかりにこういったことが起きるとは。
「えにし(縁)」というものは不思議ですね。

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「真実」とは [宗教批判]


プロ弁護士の思考術 (PHP新書)

プロ弁護士の思考術 (PHP新書)



この本のとある箇所に、

  「直視するためには、既成の価値観から自由にならなければならない。道徳、権威、常識、建前を疑うことなしに物事を直視することはできない。既成の価値観を捨て、物事に即して考えてこそ、直視が可能となる。しかし、即物的思考は「冷徹だ」とか「皮相的だ」と謗(そし)られることを覚悟しなければならない。
  即物的思考が嫌われるのは、あまりにもリアルな現実を呈示するからである。
  日本人は、ともすれば心情とか誠意といった主観的要素を尊重しがちである。だが、それは素朴にすぎる。素朴さでは、権力にも悪人にも太刀打ちできない。
  人は誰でも体裁屋である。人は身も蓋もないリアリズムを嫌うものである。
  人は幻想と虚飾なしには生きられない。いや、幻想と虚飾こそは、人間の文化を生み出した母である。勲章を喜ぶ人、名誉職を誇る人、ブランド品で身を飾る人、有名人との交際を自慢する人など、人は装飾や虚飾によって精神の均衡を保っているところがある」

があります。まさに「人間」の併せ持つ業を簡潔に、かつ的確に述べた文章である。
 いま創価学会のトップを相手に裁判を起こされている髙倉氏も、学会の工作に負けずに真実を訴えています。池田大作は日蓮正宗から離れた後、数々の勲章や名誉市民称号等を得て学会員らを魅了(?)し続けたが、去年の五月から公に現れることなく、学会内部で少なくとも動揺が広がっています。不当な「財務」で多くの学会員を苦しめ、その財力で勲章売買に充てられたり、無能な高給幹部の甘い蜜として貪られています。
 さらに反乱分子があれば、権力を使ってでも押しつけ「真実」をもみ消します。髙倉氏も「財務」の不審のみならず、人権さえ踏みにじられました。人権を無視することこそ、カルトの象徴であり、かつて創価学会に籍を置いていた自分にとっても、やはり「真実」を訴えなければならないと感じています。
 
 日本がここまで混迷を極めたのは、ひとえに創価学会・公明党による、学会員を国家の中枢(国会から官公庁、身近なところでは市役所・区役所、また教育現場に入りこむためPTAに婦人部を送りこみ、カルト創価学会を周囲に洗脳させること等)に潜入させ、いわば「総体革命」をもって日本を支配しようと、いま現在でも画策しています。
 また平成18年11月1日付「読売新聞」に掲載された「安倍主義」と題するコラム記事が安倍・池田大作会談の内容を詳報しました。
 安倍は総裁当選2日後の9月22日午後、番記者をまいて都内の創価学会施設で、名誉会長の池田大作(78)と1時間を越える会談を行い、その中で
 「来月の衆院補選の応援をよろしくお願いします」
と要請したとあります。
 こういった腐敗の自公政権に国民は、消極的であるが2009年の衆院選において民主党などに票を入れ、歴史的な政権交代をさせたのだった。
 かつて管総理も2004年の民主党大会で、
 「人間の体内にほかの生物が入り込んでコントロ-ルしてしまう映画があったが、自民党の内側に公明党が入り込んでコントロ-ルする状況になりつつある」
 「日本の政治が公明党を通じて創価学会という一宗教団体に支配されてはならない」
と指摘し、批判しました。この事を、今からでも実行してもらえるよう、願ってやまない。が、前述したとおり、既に官公庁の中で多くの学会工作員が潜伏している。かなりの困難を極めるであろう。

 そして、只今『立正安国論』を連載しているが、宗教も世の中と同じように正邪」があることを知っていただきたいが為である。日本の宗教は法人の有無に関係なく、おおよそ20万弱と言われています。しかも、おかしなことに公称世帯を計算すると、今の日本の人口よりも遥かに桁が違うのです(平成20年で信者数が207,183,223と公表されている)。
 いかに、杜撰(ずさん)でいい加減であるか、痛感します。
 このような宗教の氾濫が、いい加減な教義を生み、そこで被害を受けた人が宗教が嫌になり、すると新たな宗教が出てきて低俗化していく。その低俗さが犯罪を生み、人を不幸にし、ついには個人の人生を破滅させるどころか、その周りの環境を悪化させていくのである。これが災害(人災を含めて)の原因にもなるのです。
 『立正安国論』が幕府へ上奏された時期は、この世界を嫌い、有りもしない西方極楽浄土の往生を願う念仏が勢力を強めていた。それは厭世により自殺志向が強まり、この世に生きても何の得もないと諦め悲観的になる、生きながらにしての地獄を呈する教えである。それを日蓮大聖人が批判し、苦しみのある世界だからこそ心身ともに鍛錬し、自分の業を変えてその周囲の環境を変えていく力強さを説かれた。それが「南無妙法蓮華経」であります。
 しかし近代日蓮主義者らは、大聖人の意を汲まずに自分勝手に解釈してしまいました。時代の影響もあるのだろうが、しかしそれを戦争に利用したり、あるいは社会主義に使ったり、また菩薩修行として在家をすすめる教団さえできてしまった。「日蓮を用ひぬるともあしくうやまはゞ国亡ぶべし」との御金言があるように、太平洋戦争に突き進んだ結果、多くの国民が犠牲になり原爆を二度も落とされました。彼らが起こした運動は、「憂国の兵士」ではなく、「亡国の兵士」を推し進んだだけなのです。
 このように罰は厳然と現れるのです。
 この世に偶然はありません。
 こういった「真実」を語らなければ、わたしは「慳貪(知っていることを他人に教えない等)」の罪を犯し、親不幸になってしまうばかりか、仏の本意にも背き、後生は無間地獄に堕ちてしまうからです。その罪を犯さないためにも、多くの「真実」をブログだけでなく、現実において一人でも多くの方に伝えていきたいです。「個」が変われば、「全」も自ずと変わっていくのです。自分の環境を変えることが、全体の環境を変えていくことを信じています。

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